その人は初め、コンビニの店員さんでした。

「そのパンよりもこっちのがおすすめですよ」

「そうなんですか」

私は近所だと言う事もあり、気さくに話しかけてくるコンビニの店員さんに相づちを打った。
ふと勧められるままに端っこの方に大きく新商品と印刷されたシールが貼ってある美味しそうなクルミパンをレジのカウンターに置く。
私よりも年上のその人はにっこり笑ってありがとうございます、とレジに打ち込みしていく。
打ち込みとは言っても値段そのものはバーコードから読み取るからおつりを出すためのボタンを押すだけだったのだけど。

「ありがとうございましたーまたお越し下さいー」

くるみパンなんてどこのお店にもあるけれど、なんとなく、お勧めされて買ったそれを眺めながらコンビニを出る。
センサーのチャイムとその店員さんの声が耳に残っていたがそれでも自分のバイト先へ行って仕舞えばそんなものすぐに忘れてしまった。
私のバイト先は家と、今行ったコンビニから徒歩15分ほどの距離にあって比較的近いし、仕事の内容もまあまあ楽しい。
大体この私が大好きな雑貨屋さんだなんて幸せすぎる。
採用倍率の高いこの店のバイト権(?)を数ある猛者の中から獲得した私はいつも足取り軽くそこへ向かう。
店長も優しい。
と言うか可愛い。
小柄なほわほわした雰囲気の女の人で年上だけどよく私と同い年に間違われている。
それはそれで私の外見に難があるようにも思えるのだが。

「今日はわたし、ちょっと用事があるから早めに店閉めるね〜」

「はーい」

そして個人経営なものだから結構店長の気分で早く上がったり、遅くまで営業していたりと言う事が多々ある。
それでも客足が遠のかないのだから従業員から見てもすごいなあと感心する。
定時よりも早めに店内の掃除を済ませ、帰宅の支度をしてから店長に挨拶をして帰る。
ふわふわとした雰囲気で手を振られると顔をほころばせずにはいられず、私は、へらへらと情けない表情で手を振り替えした。
予定よりも早く帰宅できたものだから、休憩時間に食べようと思って買ったあのくるみパンを食べ損ねた事に気がついて私は道の途中で無造作に立ち止まり、ごそごそと鞄の中を漁る。
そこには形の崩れていないくるみパンがやっぱりあって、小腹が空いた事もあり、当たりを見渡して人目が無い事を確認すると行儀が悪いと思いつつ袋を開けてひとつまみちぎって口の中に放り込んだ。
味はそこそこ悪くない、ぐらいで普通のどこのコンビニでも売っているようなパンだった。
人間、一口食べると二口目が食べたくなるものでついつい鞄に手を伸ばしそうになるが、さすがにそれはやめた。
家まではもうすぐだし、それまで我慢しようと自分に言い聞かせ足早に家に戻る。
家が見えてきてあと数メートルと言うところで私は不思議な看板を見つけた。
こんなもの、家を出るときには無かったはずだが、今日から誰かがお店をやるのだろうか。
看板にはなんだかレトロな…言い換えれば古くさい廃れたような文字で『幸福堂』と描かれている。
つい気になって看板の立っている細い路地を覗くとずうっと奥になにやら建物が建っていた。
そもそもこんなところに細い路地があった記憶も、その先に建物があったと言う話も聞いた事がなく私は思わず眉間にしわを寄せてそちらの方へ足を一歩踏み出した。

「それ以上は行かない方がいいですよ」

「えっ?」

振り返るとあのコンビニの店員さんが白い白衣を着てそこに立っていた。
私が戸惑って、またその路地へと視線を移すとそこには路地どころか人が通れるような隙間もなかった。
目の前に表れた堅そうな電信柱に目を丸くしていたら後ろにいたあの店員さんがくすくすと笑う。

「危ないですよ。ぶつかります」

「そ、そうですね…ぼーっとしてました、有り難うございます」

見間違いだったのだろうか。
あんなにはっきりと見えていたのに。
疲れるような仕事もなにもしていないからストレスとかではないだろうけど、
私はさっき見た不思議な看板の事も何も言わずにその店員さんに軽く会釈する。
店員さんはにっこり笑った。


「そこは入ってしまうと出るのが大変だから」

「えっ」

「行くのなら俺がついて行ってあげますよ。道案内します」






[ 1/13 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -