手を伸ばした先には足元から天井まで、部屋のずっと端から端まで
ぎっしりと並べられた本がある。
その一つの背表紙を人差し指で手前に押し引くと隙間なく並べられていると言うのに
羽根のように軽い感触でするりと取り出すことができた。
本のタイトルを確かめようとしているがどうしてか文字が読めない。
かすれているわけでも、にじんでいるわけでも、見た事がない文字でもない。
それでもどうしても本のタイトルを読むことができないのだ。
仕方なしに本を適当に開いてみてみたがたくさんの文字がぎっしりと羅列されている。
それも文字だとしっかり認識できるのにどういう文章なのか理解できなかった。
適当に文字を並べているだけのようにも感じるし、とても難しい構成で文章が
形成されているようにも感じる。
痺れをきらした典之はため息を吐いて本を読むのをあきらめ、また同じところに本を戻す。
そしてあたりをぐるりと見て回り、どこも似たような状態なのだと知ると、
図書館のロビーに移動してそのうちの椅子に腰を下ろしてため息を吐いた。

「図書館とか、似合わない」

「朝顔?」

「こんなとこよりも外行こう。外はいいぞ。広いんだから」

「うん」

この少年は誰なのか、典之はしばらく考えていたが結局よくわからないままだった。
以前、あの不思議な喫茶店で出会ってから、ずっと昔からの知り合いのように
話しかけてきた彼だったが典之は朝顔がどんな人物だったか思い出せないでいた。
それなのに典之はどこかで会ったことがある大切な人だった気がしてならず、
朝顔が神出鬼没に現れても驚きもせず『友達』だと思うことにしてそう接してきていた。

「青白い顔しやがって。ちゃんと食ってんのか?腕細いぞ」

「食べてるよ」

今朝だってごはんをおかわりしてきたぐらいだ。
満腹でこれ以上なにも食べられなくて、体が重かったので散歩がてらにこの図書館まで
歩いてきたのだ。
とは言え、朝顔の言うとおり毎日たくさん食べているのに自分でも
どうしてこんなに体が細いのか自分でもよくわからなかった。
朝顔と比べるとうんと細く、青白く見える。

「なあ、外出ろよ典之。こんなとこにいちゃだめだ」

「?出てるじゃん。今だって図書館まで…」

「そうじゃないって。ちゃんと出ろ」

「わかった、出るから。なに心配してんの?」

「心配だってする。俺の大事な人だ」

「恥ずかしいな」

「お前が気づかないからだ、馬鹿」

朝顔は言うや否や、典之の細い手首を掴んで力づくで立たせる。
典之はびっくりしたがぐいぐい図書館を出ようと引っ張っていく朝顔に
抵抗せず、大人しくついていく。
ふと、引かれる手を見て典之は助かる、と思った。
どうしてそう思ったのかわからなかったがなんだかとてもうれしくて
胸の奥がジンと熱くなる。
ロビーの入り口を抜ける朝顔。
その次は自分なのだと思ったその時だった。
突然あたりが真っ暗になって何も見えなくなった。
自分の手を引いている朝顔の手も真っ暗闇で見えない。
掴まれてる自分の手はしっかりと浮かんでいるのにそれ以外は真っ暗だった。
自分以外に何も無くなったはずなのに典之は怖いと思わなかった。
そこにいつもいた気がするからむしろ安心感の方が強い。
それよりも、ずっともっと怖いのは真っ暗な空から降ってくる、
よくわからないモノの方だった。

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