チキンレースに終止符を [ 1/1 ]

「で、なんか言うことねえのか」
「そっちこそ、意地っ張りね」

薄暗い一室は、俗にいう、ラブホテルだった。制服のジャケットとベストを脱いだラフな格好の土方と、藍染めの着物を身に纏った山田はとくに『御決まり』の行為をするわけでもなく、一室の窓から見える雨空を眺めていた。外も部屋同様暗い、が、太陽はまだ14時の位置にある。世間はもちろん仕事時であり、土方の手は常に携帯の入った左側のポケットに突っ込まれていた。

「そんなに仕事気にするくらいならこんなとこ来なきゃいいのよ」
「うるせーな。てめぇと会ったのは休憩のときだ」
「何言ってんの、もう休憩の時間も終わるでしょ、あ、ホラ2時」
「延長だ延長」
「うわ、子供みたい。沖田君ですかコノヤロー」
「あー、もういいだろ!チクショウめ」

カチカチと安物のライターが音を立てる。吐き出される煙を山田はめいっぱい吸い込んだ。

「副流煙は身体に悪ィぞ」
「わかってんなら吸わないでよ」
「へぇへぇ、悪うござんした」

山田の手が土方の口元に伸びる。まだ長い煙草をつまんで取り上げるのはあまりに容易だった。短すぎる喫煙に、土方は小さく舌を打つ。ご丁寧に用意されたテーブルの上の灰皿に押し付けられた煙草は、ぐにゃりと曲がりほんの少しだけの灰を落とした。

「で、たまたま道端であった幼気な少女をこんなところに連れ込んでオマワリサン、一体どうしようというの?」
「いちいちおまえは癪に障る言い方を……」
「久々に都合のいいあの子を見つけたのでエッチしたくて連れ込みました。って言ってみ?土方さん?」

下衆の言うようなことをくすくすと笑いながら言ってのける目の前の女に、土方はため息を漏らす。かなわねえな、と呟いて、その通りです、と山田の目を見た。一瞬きょとんとした山田だったが、その顔は一瞬にして優しい笑みに戻る。面食らったのは土方の方だった。

「あのね土方さん。次会ったときは言おう!って思ってたことがあって」
「何」
「土方さんは私に言うことがあると思うの」
「は?」
「釈然としないんですよねー。なんて言うの?体だけの関係、みたいな」

頭上にクエスチョンマークを浮かべるばかりの土方に、山田は大きく一歩詰め寄った。着物の裾が割れ、膝下が露出する。山田は、帯の下で着物の袷がずれるのを感じながら、もう一歩前へ出た。

「ん、なんだよ」
「だからね、土方さん。そろそろ言ってほしいな」
「だから、何を」
「まさか、わたしじゃないなんて今更でしょう?」

山田の腕が土方の首元に捲きついた。山田のめいっぱいの爪先立ちでも、土方は前に屈まざるを得ない。唇は、触れない。ごくりと音を立てて土方の喉仏が上下に動いた。同時に、土方は山田の言わんとすることを理解する。自惚れだとしたら、とんでもない。

「ね?副長さん?」
「うるせぇ、言いたいことははっきり言えよ」
「自分を棚に上げすぎよ!」
「違いねえな」

徐々に縮まっていた互いの距離を、土方が一気に詰める。それから離れた互いの唇は、間抜けに開かれていて、やがて、半月を描いた。

「言ってないし」
「ん?何を?」
「うわ、ウザー。土方さんウザー」
「好きだって?俺が言うと思った?花子チャン?」
「言わせたかったの。もう、これじゃ引き分けじゃない」

負けだろ、なんて土方の一言を皮切りに、2人は吹き出した。ぴょん、と跳ねて一歩後ろに下がった山田が裾をはたいてから、好きです、と頭を下げた。そんな頭を無言で撫でた土方は、間抜けなにやけ面を隠すのに必死だった。

「いいい痛いです押さえつけないで土方さん」
「うるせーだまってろ」
「さては照れてるな土方コノヤロー」
「そんなのいーから!」

やっとこ解放された山田はにやりと歯を見せて笑う。笑ってばっかりだ、と言って更に笑った。

「ところで花子よ。乱れた着物ってそそるよね」
「変態副長」

そして、谷底へ落ちるのである。



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