逃げてきたんです。
「おお、上手くなったもんだ」
「先輩の鬼メニューのおかげですよ」
「わはは。褒めても何も出ないわよ」

褒めてはいないんだけど。苦笑いして、手元のボールを跳ねさせた。ぎゃん、と何重にも聞き慣れない音が響く。跳ねたのはゴムボールで、今履いているのはバッシュではなくてスニーカーだった。ここは屋外だった。

「フォームが安定した感じ。肩の力が抜けたというか」
「本当ですか!やったあ」
「あっ、流川大先生のオ・カ・ゲ?」

どうやら噂は学年の壁を飛び越えているようだった。何度目かもわからない否定とため息を零して、シュートを放つ。リングに弾かれるボール。肩に力が入ってるぞー、という先輩のチャチャ入れが響いた。

「っていうか、花子、外寒いわ。体育館でやりゃあいいのに」
「いやいや、たまには青空バスケもいいですよ!ホラ先輩、パスパス!」
「嫌よ、わたしローファーなんだから」

青空バスケなんて、嘘八百の大法螺吹きだった。噂が立った昨日は、昼休みの体育館が球技大会状態だったんだから。結局昨日はUターン。そして、なんとか策を講じての、今日の青空バスケというわけだ。流川くんはどうしたんだろう?ギャラリーなんて、気にしなさそうだけど。

「先客……って、あ」

タイミングを計ったかのように現れた大きな影に、心臓をぎゅっと掴まれ、体がびくんと跳ねた。そこには、ここに来るはずのない流川くんが立っていて、先輩のびっくり顔は徐々にイタズラ笑顔に変わっていて、わたしの心臓は早鐘を打っていた。

「それじゃあ、花子、邪魔者は退散しますね、うふふ」
「先輩!待って!いいい行かないで!」
「花子ー!放せーい!」
「るるる流川くんどうしてここに!?」

わたしと先輩の攻防に目を丸くしていた流川くんは、体育館の人がすげー、とぼそりとつぶやいた。悲しきかな、噂されるだけあって確かに流川くんとわたしの思考回路は似ているのだと、認めざるを得ないようだ。結局、人ごみから逃げてたどり着く先は、この、屋外のハーフコートらしい。

「あの、ごめん。わたしなんかと、噂になったから……」
「……だから?」
「えっ、いや、体育館のギャラリー」
「……ああ、ナルホド、どーりで」

言われてやっと、流川くんは体育館の人ごみのワケを理解したようだった。脈あり脈なしどうこうなんてハナから考えてなかったけれど、これにはさすがに少し傷ついた。いつの間にやら先輩はわたしの腕をするりと抜けて、ちょっと離れた建物の影で声を抑えて笑っている。ため息をついて睨むと、にやりと笑い返された。

「使っていい?」

流川くんはわたしの返事を待たずに、シュートをはなつ。そして、わたしがシュートを放つのを待つ。待ってくれなんて言ってないのに、待つ。ひとりで使っていいよ、と言うのがなんとなくむず痒く恥ずかしくて、わたしは肩に力の入ったシュートを放った。





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