集中できないんです。
体育倉庫をガラリと開けて、真っ暗で埃っぽい中を足元に注意しながらゆっくりと進む。ふたつ並んだ冷たい鉄製のカゴの左側。一回り小さな6号球のバスケットボールをひとつ手に取った。うっすらとワックスの塗られたボールは、冷えてカサカサになった手のひらにも吸い付いて、コンディションはバッチリだ。跳ね具合はどうだろう、とバウンドさせてみると舞った埃に咳き込んだ。

(誰も来ないといいなあ)

体育倉庫の扉の真上に取り付けられたゴールと向き合う。いつ見ても高いそれは、微動だにしないくせに嫌に威圧的だった。3メートルほど離れて斜めに向かい合う。ひとつ、ふたつとドリブルをして、ボールを放った。ボールは2度リングに弾かれた後、ネットの間をするりと落ちた。幸先よし。あと49本。


あと、36本。ボールと床の衝突音と、足元のスキール音だけだった体育館に突然、ガラリと扉の開く音が響く。一瞬目が合った扉を開けた主は、何も言わずに開け放たれた体育倉庫へと姿を消した。

(流川くんだ)

嫌だなあ。緊張するなあ。ここ、退いた方がいいかなあ。嫌だなあ。
ボールがリングに、ボードにあたる音はピタリとやんだ。わたしのつたないドリブルの音ばかりが響く。ああ、流川くん、あんなに上手なのに、嫌だなあ。はあ。
体育倉庫からボールを持って出てきた流川くんは、そのボールを突きながらゆっくりゆっくりと反対側のゴールへ向かった。シュートしないなんて変に思われるかなあ。どうしようもないし、進まないし、シュートしちゃえ。えい。あ、駄目だ。鈍い音を響かせて、ボールは床に落ちる。下手くそだと思われたかなあ。まあ、下手くそなんだけど。嫌だなあ。今日はやめようかなあ。

「あ、満員?」
「いや、そうでもねーけど」
「バスケ部か。どーする?退いてくんねーかな?無理か」

短髪、坊主、ちょっとロン毛。転がったボールを拾い上げたちょうどその時、学ランの男の子3人が体育館を覗き込んだ。手にはゴムのバスケットボール。昼休みだもんね。ボール遊びくらいしにきますよね、体力の有り余った高校生だもの。ちょっと残念な気もしたけれど、背後から聞こえるネットを擦る音を思い出す。そしてほっと一息。この3人組にコートを明け渡してしまえば、天才ルーキー流川くんの前で恥をかかなくて済むじゃないか!やったあ。今日は、終いにしてしまおう。

「あ、わたし退きますよ」
「お、マジ?ラッキー」
「でもアンタ、バスケ部じゃないの?練習は?」
「いや!放課後普通に部活あるんで!大丈夫ですよ、使ってくださ、痛いっ!え?!」

お尻に鈍痛。振り返ったその先に転がるボールは七号球。そして聞こえたのは、無愛想なあの人の声。

「こっち、使えば?」

それを最後に、体育館は静まった。ここにいる、4人の男の子たちはきっと、わたしが何か行動しないと動かない。体育館から逃げ出したかったはずなのに、どうしても断る一言が出なくて、心臓がドキドキするばっかりだ。これを止めるには、どうしたらいいのか。考えがぐるぐるぐるぐる回って、何もわからなかった。

「やらねーの?別にいいけど」

視線の先には、口をとがらせた流川くん。誰から見てもカッコいいと噂の彼の誘いを断るなんてことはできなくて、無意識のうちに頷いた。流川くんは、ダム、とひとつドリブルを突く。ガチガチの私は六号球を抱えて、ハーフラインを越えた。後悔の気持ちがどっと押し寄せる。どうしよう、どうしよう。わたし、下手くそなのに。初心者なのに。どうしよう。

「女バスの一年だろ、お前」
「あ、うん。お邪魔、します」

わたしがそう言うと、流川くんは黙ってシュートした。小気味良い音を立ててリングの中に吸い込まれたボールは、小さく跳ねながら彼の足もとに戻る。今や反対側のゴールとなった体育倉庫側のハーフコートは、3人の知らない男の子の笑い声でいっぱいになった。わたしのシュート、はリングに弾かれる。流川くんはわたしのボールが落ちるのを待って、またシュートを決めた。顔が熱い。汗が、止まらない。ノルマはあと36本。終わる気がしなかった。




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