曇天。まだ気持ちは晴れなかった。なんでよりによって昨日の部活はオフなんだよ。ストレス発散できなくて、例の黒い傘を引っ掴んで水たまりを踏みながら帰った。一度は乾いた制服の裾もびしょびしょになって、見兼ねたおふくろに折り畳み傘を持たされた。
苦悩の水曜日
アイツの声が耳につく。アイツの笑い声が、友人へのツッコミが、全部湿気のようにまとわりついた。「泣けるよね!」だと?んなわけあるか。泣くわけないだろ。わけわかんねぇ。
「三井、赤木が呼んでるぞ」
クラスメイトに声を掛けられて、廊下を見た。図体のデカい赤木が右手を挙げる。ああ、頼んでた週バスか。持ってきてくれたんか。がたん、と椅子を引いた。
「おお、サンキュー」
「海南特集だとよ。強豪と思われるのはいつも海南だ。泣かせるぜ」
「あ?泣かせるってなお前、そりゃあねえぜ」
泣かせる、泣ける、泣きそうになる、だと。チクショウ、どいつもこいつも、同じような事ばっかり言いやがって。イライラする。なんでなのかはわからない、けど、すごく、腹が立つ。
「なんだ、三井。まだ昨日傘忘れて濡れたことにイライラしてんのか」
「はぁ?うるせぇよ。そんなときもあるだろ」
教室の真ん中らへん。友人とじゃれ合うアイツが見えた。俺の傘なんて眼中になかったあいつが。
「三井?何見てるんだ?」
「うっせーな!なんも見てねえっつってんだろ!週バスサンキュ!」
少し乱暴に雑誌を受け取って、教室に戻る。ポカンとする赤木がおかしい。普段なら鉄拳のひとつやふたつ飛んできて当然なのに。不自然なやつめ。
「思い出すだけで泣けてきそう!」
未だにドラマの話をして笑っていたアイツ。泣いてねえよ、笑ってんじゃねえかよ。乱暴に椅子に腰かけて、雑誌を開く。ページいっぱいの海南のメンツの写真なんてどうでもよかった。
泣きたいのは、ドラマに感動したアイツでも、海南に嫉妬する赤木でも、まして曇天の空でもねえ。一番泣きたいのは、多分俺。