大人になって [ 33/38 ]

「アメリカに行く」
「え?旅行?」
「バスケ」

楓の口から、聞き慣れた3文字が紡がれて、ああそうか、これは別れ話なのだ、と目の前が無機質になっていくのがわかった。受験も迫る、願書の提出も始まっている。ありがちだ、進路に悩んで別れを選ぶことなんて、たぶん。いつもどおりむすっとした表情で、楓がわたしの返事を待っている。待っているのに。

「おい、何とか言え」
「あ、いつ」
「わからん、でも、大学のうちには必ず」
「どうして」
「週バスに沢北が載ってた。イリノイでバスケしてるって」

そういうことではない。いくらライバルがアメリカで活躍していようとも、日本を離れる必要なんてないじゃない。

「お前も来い」
「は」
「お前も、来い、アメリカに」

それは、唐突に、非現実的に舞い降りた。眉間にしわを寄せて、じっとわたしを見る楓に、徐々に安堵の波が広がって、緊張の壁が決壊し、笑いが漏れた。

「ちょっと、急すぎるでしょ」
「まだ先の話だ。……2年くらい」

悔しそうにリミットを告げる楓に、ああ、こいつにもある程度の常識はあるのだなと小さく笑って、私は口を開く。自信に満ち満ちて決意表明をしていた楓と、不安を煽られ押し黙っていたわたしの形勢が逆転した。

「あのね、わたしの将来はわたしが決めるの。楓じゃない」
「む」
「もしわたしに、日本でどうしてもやりたい夢があるとしたら?それなのにアメリカに連れて行かれちゃあ、わたし、楓のこと嫌いになっちゃうかも」

みるみる不機嫌になっていく目の前の楓が抗議を始める前に、わたしは全開の蛇口からあふれる水のように、言葉をこぼす。

「だから楓は、わたしがアメリカに行ってもいいって思うくらい頑張って」
「……頑張ってる」
「じゃあ、もっともっと。私が大人になった時でもまだ楓について行きたいって思えるくらい、ね?」

それでもなお不服そうな楓に、とどめの一撃。わたしの逆転勝利である。

「今んとこ、わたしの夢の暫定一位はアメリカ行きだから。頑張って」


数日後、「2年待つから」と医健の願書を掲げたら、楓はこくりと頷いた。

「さっさとサポートしに来い」
「楓の頑張り次第」








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