初動 [ 36/38 ]
「アっした!!」
体育館に大きな声が響いて、汗だくのバスケットマン共が屋外へ飛び出した。扉を出てすぐのアスファルトの床に水を捲きながら花子は、お疲れさま、と声をかけ続けた。
「フーイ!涼しいぜぇ!」
「どけーりょーちん!花子さんの水撒きした場所は俺のモンだ!」
「んだよ花道よォ。晴子ちゃんじゃなかったのかー?」
「む!そ、そうだった俺には晴子さんという……」
冷たい水に冷やされて冷気を放つアスファルトは、サウナ状態の体育館から解放された部員達にはまるで天国そのものだった。じゃれ合いながら桜木、宮城が、花子の持つホースを辿るように水場へと向かう。夏の見慣れた光景だった。
「おー、今日もまた涼しいなぁ。よみがえるぜ」
「みっちー先輩、お疲れさまです」
「おうよ、お前もな」
眼の上のたんこぶ、もとい三井寿は花子に目配せして前かがみになった。わかっていますよ、とでもいうように躊躇いもなく花子はホースの口を三井の頭に向けて、親指と人差し指で軽くつぶす。シャツが濡れるものお構いなく、三井は頭をがしがしと掻く。ぷはっ、と顔をあげてぶるんと全身を振るった。
「ちょっと、ソレ離れてやってよって言ったじゃないですか!」
「あー、悪い忘れてたわ。本能ってやつよ」
「そんな!犬じゃあるまいし!」
「るせー」
顔へ飛んだ水しぶきを左手で拭いながら花子は笑った。右手には未だに水を吐き出し続ける緑色のホース。ホースを飛び出た水流はやがて、アスファルトにぶつかって砕けて玉になる。
「夏休み終わりますねー」
「そうだなー。あーまだ宿題終わってねぇよー」
「さすが不良」
「うるせえ」
「明日っからは夕練だから水撒きの仕事も土曜日までお預けですよー」
「あ、マジかよ。ここキモチかったのにな」
そうかそうかー、それはよかったですー、と呑気に笑う花子を見ながら、三井は朝からなんとなく決意していた言葉を、たどたどしく紡いだ。彼の青いシャツから、ばたばたと零れ落ちる水滴のように目を丸くして、それから、柔らかく笑った彼女の唇が生意気に動く。
「そういうのは、夏休み前に言って下さいよー。もっと夏休み中遊べたじゃないですか」
ね?
そう言って赤くなった頬に、三井はほんの一瞬キスを落とした。
――明日から、新学期。