所詮元ヤン [ 1/38 ]


三井寿がそこに居合わせたのは、偶然、本当に偶然だった。切れてしまったゴールネットの予備を取りに、部室への近道を試みたのだ。
誰がどうみたってそれは青春における一大イベントであり、三井寿にとっても他人事ではなかった。そう、ベタな、定番過ぎる、体育館裏というロケーションに、男女がひとりずつというキャスティング。スカートを握りしめて俯く女は、紛れもなく三井寿にとっての気になるあの娘であり、そんなあの娘が対峙しているのは、三井寿にとって名前も知らない、見ず知らずの男子生徒であった。名前も知らない見ず知らずの男子生徒は頬をポリポリと掻いている。

「あの、返事、すくじゃなくてもいいから」
「おう、いや、あの」
「検討してもらえたら、嬉しいです」

三井寿は息を大きく吸った。溜め息の準備であった。おっと、危ない、とその息を飲み込むと同時に、胸に鬱積とした重さが込み上げた。物音をたてれば二人に気付かれてしまうかもしれない。気付かれたところで何がまずいのか、三井寿にはわからなかったが本能がそうさせた。息を潜める。ああ、フラれてしまえば良いのに、なんて最低なことを考えながら。


「嬉しいんだけど、その、俺好きなこいるんだよね。山田さんいい人だと思うから、俺の好きなこに望みないからって付き合うようなことは、ちょっと、できないかな」

ほっとしつつも、そんな気持ちを押し潰すほどの自己嫌悪に三井寿は手のひらで顔を覆った。気になるあの娘の純潔は保たれたけれど、汚れているのは自分の方だと気付いてしまった。こんなことになるのなら、部室まで近道なんかしなければよかった。ゴールネットを引きちぎってしまうような悪ふざけを、桜木なんかとしなければよかった。後悔の波は押し寄せるばかりである。

「そっか、でも私、あなたのそういう正義感の強いところ好き。少し落ち込んだら、あなたとあなたの好きな女の子が上手くいくよう応援します」
「うん、ありがとう、じゃあ」

底無しに良い人間同士のやり取りに、とうとう三井寿は溜め息をついた。幸いにも、二人は気付かない。見ず知らずの男子生徒が去ったあと、気になるあの娘はその場にへたりこんだ。目尻を拭って溜め息をつくあの娘が、目も当てられないほど酷くフラれていたら、俺はあの娘を抱き締められていたのに。そんなことを考えて三井寿はまた自己嫌悪の波に飲まれる。隠れることをやめた溜め息は気になるあの娘のそれと、静かに重なった。




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