迷子はん [ 4/38 ]

年に一度の遠足で、京都に来た。そんで、はぐれた。秋の空と石畳。古い建物が立ち並ぶそこを、たくさんの電線が邪魔していた。まだ明るい夜の街。そこにいるのは一眼レフを携えたおっさんと、肌寒いのに半袖半ズボンの外国人。見たことのない制服の修学旅行生と、俺。

京都・先斗町からバスに乗って京都駅へ向かわないとならない。おそらく、同じ班の奴らは俺がいないと騒いでるやろう。しかし、幸か不幸か班員には南がいる。どうせ、岸本やったら大丈夫やとたかをくくってバスに乗ったに違いない。とりあえず、今の俺は北も南も、右も左もわからない。歩けども歩けども変わらない石畳にうんざりし始めたその時、京町屋、と言うんやろうか、通りがかった家の引き戸ががらりと開いた。

「まあ、堪忍え」

突然開いた扉の音に驚いた俺を見て、戸を開けた主が呟いた。それは、聞き慣れないイントネーションで、そうや、俺は今京都の花街におんねや、と思った。

「修学旅行どすか?お連れはんは?」
「あ、いや、はぐれてしもて」

それは、大変どすなあ、なんてのんびりと女が言う。そんな、のんびりしてる場合とちゃうのに、俺はその女から目が離せない。
関西の方どすか、と女は微笑んだ。

「舞妓さん、すか」
「そうどす。化粧前どすさかい、舞妓には見えまへんやろけど」

着物の袖で口元が隠れる。小柄な彼女がにこやかに笑っているであろう口元が見えずに、やきもきした。

「お兄さん、迷子どしたら、買い出しついでやさかい案内しますえ」
「ほ、ほんまですか!」
「わかりやすいとこまでどすけど」

横の舞妓さんが歩くたび、歩きにくそうな変な下駄がかぽかぽと音を立てた。
兄さんはどこからきはったん?大阪から、高校の遠足で。ほな、修学旅行と違うんどすね。そ、修学旅行は広島や。そうどすか。はぐれはったんは災難どしたなあ。そうどす、そうどす。いや、からかわんといておくれやす。
また、袖で口元が隠れる。もどかしい気持ちを抱えながら、俺も笑った。

「化粧前の舞妓さんとか初めて見ました。普通の女の子なんすね」
「あんま見んといておくれやす。多分どすけど、兄さんがほんもんの舞妓はん見たのも初めてやと思いますえ」
「は?さっきからよう歩いてるやん」
「ふふ、あれは観光客の方どす。普通こんな昼間にお化粧して出歩く舞妓はいまへんえ」

ほな、この辺でお別れどす。
そう言うと舞妓さんはつらつらと京都駅への行き方を説明し始めた。そや、思い出した。はんなり、言うやつや。

「ありがとうございます」
「いえ、兄さんもお気をつけて」
「あ、あの」

きょとん、と言ったような表情で舞妓さんがゆっくりと瞬きをした。結いあげられた髪の毛以外は、本当にただの、同世代の女の子でしかなかった。

「舞妓遊び、ていうんすか、あれってどんくらいかかるんすか?」
「まあ!そんないやらしい話!」

そう言ってまた彼女が笑う。そのたびに揺れる小さな簪や、ゆらりと口元を隠す着物の袖があまりにも綺麗で、俺は何度も言葉を失う。つやつやの、小さな唇が開いた。

「兄さんが大人になりはったら、是非さっきの置屋へおいでやす。芸妓になって待っとりますさかい」

ほな、と言って舞妓さんは手を振って行ってしまった。嗚呼、夢みたいな時間やった。時計を見ると、集合まで30分もない。現実に引き戻された気がした。




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こんなのもうね、ギャグですよ。



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