楽園 [ 9/38 ]

児童公園のちょうど真ん中には土とコンクリートを固めてできた小さな山があった。標高約2メートル。コンクリの筒が埋め込まれてできた小さなトンネルと、申し訳程度に側面にへばりついた短い滑り台が、昼間の幼稚園児たちに人気だった。コンクリのトンネルの中には、座り込んではいけないのが放課後の小学生の決まりごと。おにごっこのときに、駆け抜けられないからだ。この暗黙の了解は、夕飯のできる午後5時まで続いていた。カラスが鳴いたら帰りましょ。そのあと小山は、中学生の愚痴が飛び交う談話場になる。7時のバラエティが始まるころには、児童公園の小山は、子供たちのものでは無くなり、息をひそめ、一構造物と化した。

「狭っ」
「ねえ、もう少し詰めて」
「ちょっと待って、奥には行けるんだけど、動きづらくて」
「早く早く!濡れちゃうってば」

そんな一構造物が、薄暗くなった午後7時30分、遊具へと戻った。
急に降り出した雨に、公園デートの最中だったカップルは苦肉の策に出たからだ。直径1メートルにも満たないコンクリのトンネルは、長身の男にはあまりにも居心地の悪いものだった。なんとか膝を折りたたんで、丸みを持った壁に背をもたれる。狭そうね、なんて隣で笑う女も、驚くほどに狭苦しそうな体勢で壁を背にしていて、自分はこれ以上に狭苦しい体勢をしているのかと思うと、男は更に体が痛くなった気がした。

「ここ、こんなに狭かったっけ?」
「はは、覚えてないよ。こんなとこ入ったの小学生の低学年ぶりだと思う」
「このトンネルとか、走って抜けてた気がするけどなあ」
「さすがにちょっとは屈んでただろ。ここまで狭くはないけど」

トンネルの中は、2人の想像よりもはるかに音を響かせた。花子は音の反響を面白がって、手拍子をひとつ叩いた。乾いた音は、ごうん、とコンクリの壁を響かせ、吸い込まれるように消えた。強くなる雨は、トンネルの外の景色を霞ませ、小さなシェルターの中に、2人は取り残されている。

「雨、止むかなあ」
「どうだろうね、強くなってきたし」
「止まなかったらどうする?」
「走って帰るしかないだろ」
「えー、やだなあ」
「いつまでもいたら浸水してきそうだし」
「それも嫌だなあ」
「ずっとこんなぎゅうぎゅう詰めだと、首しんどいし」
「わたしは宗一郎よりはしんどくないよ」
「……我慢できなくなりそう」
「……ちょっと、どういうイミ?」

わはは、と神が笑った。つられて花子も笑う。さすがにここでは無いわ、と冗談めかしてつぶやいた神の左手を、つらい体勢を我慢しながら花子がつねった。ギブアップした神がまた笑う。ほんと馬鹿ね、と笑っていた花子が、キスだけね、と零して体をひねった。狭いし、首は痛いし、脚も攣りそうになったけれど、神は左手を彼女の頬に添えてやった。雨の音だけが響いていた。

「なんか、純粋なこどもの楽園を汚した気分」
「なんてこと言うのよ」

鼻の頭がくっつきそうなほどの距離で笑い合いながら、神はバカげたことを考えた。子供たちの楽園は、自分たちには狭すぎる。シンガーソングライターなら上手く処理したかもしれない。神はただただ恥ずかしくなるばかりで、笑ってごまかした。



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