ファスナーの種類 [ 10/38 ]

布を噛んだファスナーはびくともしない。布を引き抜こうと、慎重にファスナーを眺めても、金属と金属のわずかな隙間に挟まった柔らかな布が滑りぬける空間はほぼ皆無に等しい。それでも、ガチャガチャと力任せにファスナーを弄べば、やがて観念したかのように布は吐き出される。
一緒に違いない。何でもかんでも、乱暴な強行手段がいちばんの近道に、違いない。

「一回、喧嘩しない?」
「えっ?そ、宗一郎?」
「言いたいことない?俺、部活ばっかりでしょ?こんなに遊べないとは思ってなかったんじゃない?文句の一つや二つ、ありそうだけど」

ぽかんと口を開けて、30センチ以上も身長差のある俺を花子は目一杯に見上げた。喧嘩、言いたいこと、文句。花子の脳みその中を流れる断片的な単語が、感覚的に、それでいて確信的に見えたような気がした。誰もいない廊下に、しんと沈黙が響き渡る。
花子は溌溂として、それでいて控えめな女の子だった。バスケばっかりの俺に文句の一つも言ったことなくて、数少ないデートだけで満足したようににこにこしてるような子なのだ。はじめのうちは、バスケがしたいときは彼女のことなんて気にしなくてよくて、俺もすごく気が楽で、飼い猫に癒されているような感覚のように心地好かった。インハイ間近の今となっては、数少ないデートすら行けなくなっている。学校ですれ違いざまに、にっこりするだけ。それでも花子は、未だに文句の一つもこぼしていない。俺は不安だった。カップルらしいこと何もしていないのに、どうして彼女はいつもにこにこしているんだろう。自分ばかりが好きみたいで悔しかった。だから、本心が知りたくて、今、放課後の廊下にいる。

静かだった廊下は花子がぽとりぽとりとこぼす言葉に、徐々にその沈黙を手放した。

「文句とか、ないよ?」
「全然会ってくれない彼氏なのに?」
「バスケしてるから仕方ないよ?」
「休日だって、ずっとバスケしてるのに?」
「そういうところが、す、好きなんだよ?」

花子が目を伏せた。夕刻の、薄暗い廊下では、表情が見えない。はらり、と髪が肩から滑り落ちた。

「本当に、俺のこと好きなのかよ……」
「すっ、好きだよ!どうしてそんなこと言うの!?」
「だって、全然俺に何も言ってこないじゃないか。本当に文句とかないの?好きならもっと一緒にいたいとか、思わないわけ?」
「思ってるよ!今日だって呼び出してくれて嬉しかったのに喧嘩しようって……なんでなのさ!バスケしてる宗一郎も好きなんだもん!デートとかしなくたってちゃんと好きなのに!」

そうだ。喧嘩しようって言い出したのは自分なのに何焦ってんだ俺。花子は泣き出した。顔が、どんどん熱くなった。俺は、花子がバスケに嫉妬してくれるのを期待してたんだと気付いた。気付いてしまった。なんて、自分本位で、自意識過剰で、自惚れやなんだろう。恥ずかしいどころの騒ぎではない。花子はスカートを握りしめている。バスケに嫉妬してほしかっただけで喧嘩を吹っかけたなんて、彼女に気付かれたら終わりだ。恥ずかしすぎる。

「なんか、言ってよう……」
「……花子が、俺のことちゃんと、好きでいてくれるの、わかった」
「ほんとに?」
「うん、本当。……だから泣き止んで?」
「そんな、すぐに泣き止むとか、無理……」

拍子抜けした。プラスチックでできたファスナーは布を噛んだりはしない。例えば、子供服とかのやつ。黄色とか、ピンクとか、カラフルなファスナーは柔らかな音を立てながら、するりするりと開閉している。
彼女が泣いているのを見て一安心。そんな悪趣味な俺は、頭を掻いてごめんとつぶやいた。






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