聞こえないメロディ [ 22/38 ]

日曜日。7畳半。夕刻。
窓からオレンジ色が差し込んでいた。それと同じ色に染まるのは、8割を占める無機質と、2人と1つの観葉植物ぶんの有機物。染まらないのは、2人と1つの植物の息づかいと、2人をつなぐイヤフォンから漏れる、微かな音だけだった。

「神くん、ノリノリだね」
「アルバムの中でこの曲が好きなんだ。いいと思わない?」
「うん、ゆったりするね」

花子は、鼓膜を揺らすこの歌の主を知らなかった。柔らかいメロディと、少し高めの男性ボーカル。それから、なにげない恋人同士を歌った歌詞も全て、彼女には新鮮だった。

「花子は音楽聴かないんだっけ?」
「うん、あんまり。CDプレーヤーないし」
「そっかあ。でも聴くのは好きでしょ?」
「喫茶店でラジオとか聴くの好き。あとは神くんと一緒に聴くくらいだから」

もう歌詞の内容なんて入ってこない。それでも、電子オルガンの綺麗な音が、無意識のうちに二人の聴覚を直接包み込んだ。部屋に響くのは、本当に本当に小さくなったメロディーと、なにげない恋人同士の話声、それから観葉植物の揺れる音。今の状況が、流れている歌となんとなしに似ていると気付いているのは、もともとこの曲を知っている神だけだった。

「あの、花子、」
「ん?」

体中の血液が顔に流れ込んできたように、神は赤面した。そんな赤みを、夕日がそっと隠す。今まさに自分がしようとしていることは、歌の中の男のそれと全く同じだった。そんな事実がこっ恥ずかしかったのか、『控えめにキスをねだろうとしている』こと自体が照れ臭かったのかははっきりしないが、血液は未だに顔へ、頬へと押し寄せていた。

「こっち向いて」

そう言って、同意を得る前に強引に口づけたのは、やっぱり歌詞と同じだなんて恥ずかしすぎると考えた、神の自己満足だった。
2人の息づかいが、互いの唇に打ち消された今、空気を悟ったかのように観葉植物も息をひそめ、イヤフォンから漏れる音は、だれの聴覚にも届かなくなった。








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