とりあえず、掌が寒いなあ [ 26/38 ]

「さすがにこの時期になると海辺は寒いねー」
「うん。人もいないしね」

少しだけ赤く染まった海岸に、ふたり分の影が長く長く落ちた。残暑が過ぎ去って、今や秋口。一か月後には凍えるような寒さが控えているような、そんな季節だった。

「今日来れてよかったー。次の神のホーオフの日にはきっと来れないぐらい寒くなってるし」

花子はバスケ部の平日のオフのことを“ホーオフ”と言った。放課後オフの略だと豪語していたのはもう半年以上も前のことで、いつの間にやら俺と花子だけじゃなく、バスケ部のメンツにも通じる言葉になるほどだった。

「日曜の昼間とか空いてるじゃないか」
「学校終わりくらいの、夕方の海が好きなの」
「ほかの友達とこれば?」
「わざわざ放課後に何もしないのに海に来るの付き合ってくれる人なんていないよー」

神くらいだし。なんて笑う横顔に、いつも通りの心臓の反動。神は趣味悪いからなー。なんて、大口開けて、全然かわいくない笑い顔でさえも、俺の心を跳ね上げさせる。

「花子の悪趣味に付き合ってるんだろー。良心的と言え」
「えー、わたしの趣味につきあうなんて、そっちの方が悪趣味ー」
「はは、もう悪趣味でしかないじゃないか。俺も花子もさ」

海に来たからと言って、何か特別なことをするわけでもない。個人的なお散歩を、たまたまふたり並んでしてるだけ、そんな感じだった。だから、会話はあったり、なかったり。考え事をしながら歩いてみたり。片方が堤防に腰掛ければ、もう片方も隣に座ったり。

「冬になったら、あんま来れなくなるね、海。寒いし」
「そうだなー。冬季選抜もあるし、ホーオフも減るからなあ」
「えー、まじ?」
「うん、まじ」

えー、じゃあおうち帰ってコタツでぬくぬくかー。なんてのんびりのほほんな花子とは対照的に、なんだかこっちは少し焦燥感。暖かい海辺の散歩道だとか、ホーオフなんて得体の知れない造語みたいな脆い“口実”なんかじゃなくて、もっともっと頑丈な一緒にいる“関係”が欲しくて。生ぬるいような冷たいような、よくわからない追い風が吹いた。ほんの少し舞い上がった砂が、花子の靴下を汚す。きっと俺のズボンの裾も。花子は「寒い」と言った。

「あのさ、」
「どうしたの?」
「俺、花子のこと好きなんだけど」

何も考えていなかった俺の口から飛び出た、飾りっ気のない丸裸な一言。本当にこんなタイミングで言うつもりじゃなくて、どうしたらいい?なんてわけのわからないことを続ける自分に、ほとほと愛想が尽きた。


「とりあえず、掌が寒いなあ。ね、神」



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