銀色の茂み



葉も落ち始め、寒そうな木々が目立つ季節
今日もまた、最終学年にとって貴重な時間が潰れた
トイレに行く時間でさえ勿体無いというこの時期
臨時集会が終わると、生徒たちは愚痴をこぼしながらそれぞれの教室へ戻っていった
渡り廊下の窓から見えるその場所に、集会の元凶になった人物が居座っていた
心の奥底から湧き上がるこの昂ぶる気持ちを抑えられない生徒等は、3つしかない小さな窓から身を乗り出し野次を飛ばし始めた
「いい加減にしろや!!」
「進学できなかったらお前等のせいだからな!」
「……困りますよ……本当に……」
上級生は不満を、下級生は潰れた授業の感謝を
無数の言葉が飛び交う中、のっそりと立ち上がった戸田はゆらりと振り向き
「関係ないんだよ!」
と、狭い空間に響き渡る反響音を背に2人は校舎を後にした


*


ある日の教室
「ねぇねぇ!高山くんはどこの高校行くの?」
「隣市の蒼陵高校かな」
「意外!もっとレベル高いとこいけるのに!」
「そこの制服が着たいんだ〜」
「・・・変わってるね〜」
「でも…次どこに転校するか分からないから変わるかもしれないけど」
「そしたら下宿とかしたら?」
「下宿って?1人暮らしのこと?」
「えぇ〜下宿も知らないの?」
転校してきて5ヶ月になる高山は少し天然の持ち主で、それに清楚な印象が加わり周りには男女問わずいつも人が集まっていた
その様子を対角線上から見つめる黒い影が2つ
育ちの良さそうな高山の性格は、2人の目にとても眩しく映り込んでいた


気に入らない 


でも


手に入れたい 


「あんなに集まってたらまともに話ができないじゃないか…馬鹿だな」
「それがいいんじゃないの?」
「ふーん…よし!こうしてみるか」
戸田は松岡に相談して、高山を放課後に理科室へ呼び出すことにした
その理由は単純で、「話」をする為だった


*


暗幕で少し薄暗い理科室
明日の実験準備中なのか、あちこちに設置されている温浴には電源が入り、フラスコなどのガラス器具も多数机に置かれてある
2人は教壇の上に居座り、戸田はオカリナで、トン…トン…と机を鳴らし、松岡は黒板に呪文のような落書きをしながらその人物を今か今かと待ちわびていた

ガララ…

「戸田くん?松岡くん?」
高山は囁くような声で扉を開け、そっっと中に入ってきた
まだ夕方だというのに真夜中のような暗さに戸惑った高山は、蛍光灯の電源を入れようと黒板の方へ向かって歩いた
すると、そこには光る2つの目が
「わっ!!」
「遅いよ!高山くん」
「脅かさないで下さいっビックリしました…」
高山は彼らから距離を遠ざけながら、壇上から降りた2人はその距離を縮めながら彼に迫っていく
「もっと近くにおいでよ」
「えっ!!?ちょっと―」
痺れを切らした戸田が高山の右手を強引に引っ張り自分の方へ引き寄せようとすると、高山は足場に力を入れ拒否のサインを全身で現した
「離してっ…!!」
勢いよく戸田から手を放した時、その反動で高山の手が熱湯の沸いた温浴に沈んだ
「高山くん!!」
悲鳴にもならない声を上げ床で身を縮ませている高山に松岡が駆け寄り、冷水で火傷の応急処置をし始める
戸田は…呆然としたままその場に崩れこんでしまった
「ちょっといってくる!」
そう戸田に告げた松岡は高山を抱きかかえ、保健室に向かった
「……っ…」
戸田の瞳に写りこんだ予想外の光景が、まるでスローモーションで見たかのようにひとつひとつの動作が鮮明に蘇る
「こんな…こんなはずじゃ…」

弧を描くように宙を舞った彼の手は

「僕はただ…高山くんと…」

存在しない場所に水滴を創り出し

「話がしたかっただけなのに…」

そして―…

「…うぉあああああ!!!」
ボコボコと温浴の沸騰音がまるで自分の怒りを表しているかのよう
戸田はその音を掻き消すかのように唸り声を上げ、取り出したオカリナで周りのガラス器具を破壊し始めた
自分の姿が映し出されることのないよう粉々に、温浴は電源をショートさせ、終いに教室の電源ごと落としてしまった
唯一の音といえば、孤独な自分の荒い息



「高山くんは病院に行ったよ」
「………」
「そんなに酷い火傷じゃなかったってさ」
「………」
戸田の呼吸が整う頃、実験室の壁に1人の教諭が立っていた
ここの管理者でもある教諭は、腕組をしたまま生徒の背中を見つめながら話をすすめる
「…戸田くん」
「………」
「もう少し自分に素直になろうよ」
「……お前に何がわかるんだ」
「分からないさ でも…」

ボフ…

「心の痛みを感じてるってくらいは分かるよ」
「……」
自分の胸元に生徒を抱き寄せながら戸田の耳元でそっと囁くと、教諭の銀髪に隠れながら戸田は静かに涙を流し出した
それは止まる事を知らず、抑えていた感情が一気に溢れ出すと肩の震えも増していった
「……ゃんと…」
「ん?」
「ちゃんと…ぅぐっ…謝りたいっうう…」
「うん、俺も一緒に付いて行くから」
戸田は絞り出したような声で謝罪の言葉を口にした


*


「外人の顔してなんで理科なんだよ」
「うっ…」
「英語やれよ」
「…俺、英語全くしゃべれないんだ」
「はぁ?」
「何?」
「そんなんじゃ先生失格だな」
「はは、そうだね…じゃ、一緒にやる?」
「ぇ?…やっやる!!」
鎖された心に光を差してくれるその存在は、失ったものを埋め尽くすかのような役割を持ち合わせていた


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