近づきたい夏



「週末家に遊びに来ないかい?」
「え!いいんですか!」
「何もない家だけどね」
「行きます!絶対」

高山さんには週に1-2回しか会わないけど、いろんな話をしていく中ですっかり仲良しになった
お互い時間がある時は映画に連れていってくれたり、大型商業施設に連れていってくれたりしてくれて
百貨店とか展覧会とかしか行ったことのない僕にとっては、とても面白い経験だった
そして、夏季休暇前の週末
ゼミ終わりに初めて高山さんの部屋に招待された

「料理はたまにしかしないんだけどさ」

そう言って高山さんは夕飯を作ってくれた
ゴーヤチャンプルに肉じゃが、白米と茄子の味噌汁、それと西瓜
あまり料理はしないってわりに手際は良くて
僕がいるのを忘れていたのか不思議な独り言が面白くて
その様子を眺めていただけでもなんだか楽しかった
そして、高山さんの手料理は凄く美味しかった

「ポチ、タマ、ご飯だよ」

てっきり犬とか猫の名前かと思ったら

「…クワガタにそんな名前つけます?」
「え?呼びやすい名前がいいと思って」
「;;;;」

高山さんは虫籠の中にいたクワガタ2匹に小さく切った西瓜をあげていた

「可愛いよね。昆虫ってさ。何考えているのかわからない所がまたいいんだ」
「…僕は猫とか触れる動物の方が好きですけど」
「昆虫だって触れるよ?」
「温もりが違うじゃないですか」
「…温もりなんて…あって無いようなものさ」
「?」
「いやっなんでもないよ。僕たちも西瓜食べようか」

シャリシャリ

「甘いね」
「僕はもうちょっと甘い方が好きですけど」
「沢城くんは普段からいいものを食べているから舌が肥えているんだよ」
「そうかな」

小振りな西瓜はあっという間に食べ終わってしまった

「来週もバイトですか?」
「ん?うん。月曜日はコンビニの夜勤なんだ」
「…気をつけてくださいね。夜は酔っ払いも多いし」
「大丈夫だよ。もう慣れてるから。それよりも翌日の講義に遅刻しないようにしないと。休み前の貴重な日だから」
「そうですよ!そっちの方が大事なんですから!」
「わかっているよ。心配してくれてありがとう。遅くなっちゃったね。家まで送って行くよ」

楽しい1日はあっという間に過ぎて行く
家に帰ったって

「ただいま」
「今までどこに行っていたんだ」
「…大学の先輩の所です」
「先輩?まぁ、いいだろう。あまり時間を無駄に過ごすな」
「え?」
「人脈にも繋がらない人との付き合いはやめろと言ったんだ」
「…」

親子の会話なんていつもこんな感じだ
早々に自分の部屋に篭り

「おいで…」

ニャー

「君はいつも温かいね」

人間よりも動物の方が温もりがある
だから僕は親と同じ医師の道じゃなくて獣医師になろうと思ったんだ

「今日は美味しいご飯をご馳走になったんだよ?シンプルだったけど、家で食べる食事より何倍も美味しかった」

ニャー

「今度はニャーも一緒に食べれるといいね」

あ、僕もペットにつける名前…高山さんと同じレベルだな
そんな事を思いながらいつもの夜を過ごした


翌日

「で?なんで私の所に来たのよ」
「来ちゃ駄目だったか?」
「べっ別に!いつでも来ていいけど…」
「相談にのって欲しいんだ」

休日当番をしていたねこ娘のところにニャーを連れて診察のふりをしてふらっと来た

「父さんから付き合う友達を考えなさいって言われたんだ」
「…昔からあんたの親は過保護よね。まぁ、仕方ないわよ。大事な跡取り息子だもの。私みたく自由に働いている社会人は珍しいんだから」
「僕だって自由が欲しい」
「大人になったら今よりは少しは自由になるんじゃないの?」
「大人っていつからなれるんだ?」
「ん…自分で稼いで自立したらとかじゃない?」
「そうか…」

ニャー

「ニャーは自由でいいな」
「ニャーは猫だもの」
「僕も猫になりたい」
「猫になったらいつも遊んでくれる先輩に会えなくなるのよ?」
「…やっぱりこのままでいい」

このままでいいけど、見えない束縛から早く逃れたい


2日後の火曜日
僕はちょっとそわそわしながら生物学の講義を聞いていた
その訳はトイレを我慢しているわけではなく、まだあの人の姿を見ていないから

高山さん大丈夫かな…あと15分で講義が終わっちゃう

でも結局高山さんは来なかった
…仕方ない
講義が終わった時に助手さんに声をかけた

「あの…出席カードが1枚足りませんでした」
「ごめんなさい。はい、どうぞ」
「…ありがとうございます」

高山さんの名前を書いて助手さんにカードを渡した
未だにアナログな出欠確認で助かった
そのまま講義室を出ようとした時

「そういえば今朝のニュース見た?」
「コンビニ強盗でしょ?見た見た!だって近くのあのコンビニに出たんでしょ?夜のコンビニって怖いね」

クラスメイトが何か喋っていた
コンビニ?強盗??
気になる

「ねぇ。その話詳しく教えて欲しい」
「っ!沢城くん//// 私でよかったら教えるわ」

休憩時間に女子学生からコンビニ強盗の話を聞いた
夜勤バイトに入っていた男子大学生を狙って強盗を謀ったらしい
すぐ警察に通報されて容疑者は逮捕されたそうだ

「って報道されたの。怖いよね!私だったら絶対1人で夜勤バイトなんてできない」
「君はする必要ないだろう。危険だ」
「/// 心配してくれるの?うっ嬉しい…///」
「ちょっと!何顔を赤くしてんよ!!」

あ、高山さんだ

「ありがとう。また」
「またね!」

僕は女子学生からスタスタと去り、足は自然と高山さんの方へ

「高山さんっ」
「あ!沢城くん。って事は今日は間に合わなかったか…はぁ…」
「それよりも大丈夫でしたか?」
「え?」
「コンビニ強盗の事ですよ」
「強盗?!だ、大丈夫だよ。僕は違うコンビニでバイトしていたから;;;;」
「そう…でしたか」

ホッ…

「あの…今日の出席カード代筆しちゃいました」
「ええ!?…ごめん;;」
「いいえ…」
「気を遣ってくれてありがとう。でも次からはやめよう?代筆はよくない事だから」
「…じゃ、次からはちゃんと出席してください」
「頑張るよ;;;」
「高山さんはこの後どうするんー」

グラッ

「高山さん?!」
「ごめん…ちょっと立ちくらみしちゃって」
「大丈夫ですか?医務室で休んだ方が」
「大丈夫…ちょっと疲れただけだから」
「…」
「僕は図書室で休んでいくよ。沢城くんは次の講義があるからー」
「駄目です。病人を放っておけない」
「でも…」
「医務室行きますよ」

そう言って高山さんを少し強引に医務室へと運んだ
医務室の看護師から貧血と言われた高山さんはすぐさまベッドに横になった

「ちゃんと食事とっていますか?」
「食べているよ」
「カップ麺とかはちゃんとした食事じゃないですからね」
「…厳しいな;;; ん〜」伸び〜
「…?」

背伸びをして高山さんの服が捲れ上がった時にちょっと見えちゃったんだ
脇腹に包帯が巻いてあったのを
怪我でもしたのかな?

「…ちょっと眠ってもいいかな」
「いいですよ。僕が側にいますから」
「ありがとう…」

目を閉じたらすぐに寝息が聞こえてきた
寝不足だったのかな

「…」

チラッと服を捲って気になる場所を触ってみた
ちょっと熱を持ってる
大丈夫かな…
起きた時何か飲むかな
そんな事を思いながら優しい顔をずっと覗いていた


2時間後

「…ん」
「ゆっくり休めました?」
「もしかしてずっと起きてたの?」
「はい」
「ごめん…」
「いいえ。好きで起きてましたから。何か飲みます?」
「そうだね。少し落ち着いたし、カフェでも行こうか」

今時の大学は校内にカフェや売店、ジムもあって、ここに温泉でもあったら住めるんじゃないかと思うくらい設備が充実している
総合学科の大学だから人も多くいて街中にいるみたいなんだ

「いてて…」
「大丈夫ですか?」

歩いている途中で今度は右脇腹を抑え始めた
あの熱っぽい場所かな

「怪我でもしたんですか?」
「ちょっとね…」
「…あ」

ちょうどタイミングよく系列病院の医師が医学部から出てきた
小走りで声をかける

「すみません。ちょっと見てもらいたい人がいて…」
「沢くんじゃないか。見てもらいたい人って?」
「この人なんですが…」
「!!」

その医師は高山さんの姿を見るや否や高山さんを抱き抱えた

「君…昨日は肝切だろ?動くなって言われたじゃないか」
「すみません…でも単位が」
「君に何かあったら私たちは水木さんに顔向けできない。このまま病院へ連れて行くから。沢くん、この子預かるよ」
「え、あ、はい…」

そう言って顔見知りの医師は高山さんと一緒に姿を消した

「後でどうだったか教えてもらおう」

自販機の水で喉を潤しながら、僕は午後の講義へ向かった





「…ん」
「目が覚めましたか?」
「えっと…」
「今回は炎症だけで済みました。仮に感染症なっていたら私たちの首が1つ飛んでいましたよ、全く」
「すみません…」
「しばらくここにいてもらいますから。いいですね」

世話役が出ていった後にもう一度目蓋を閉じた
流石に今日動くのはよくなかったな
沢城くんにも迷惑かけてしまった
…それに…夜勤バイトの嘘はやめようかな
何故か…胸が…苦しくなる
とりあえず沢城くんに連絡をー

「電源…切れちゃってる」

ただの置物とかしたスマホをテーブルに置いてから大きな溜息をついた





結局、高山さんに会うことなくそのまま夏季休暇に入ってしまった
大学の休みは2ヶ月くらいある
…ずっと高山さんに会えないのは寂しいな
連絡とってみようかな
そう思って早速メッセージを送ってみた

1分後
5分後
30分後
なかなか既読がつかない
…そわそわする
なんだか僕がやっている事は恋人みたいだな


2週間後経って

「あ!」

首を長くして待っていた人からメッセージがきた
画面に表示された通知だけで心が躍る

「充電切れだったんだ。なんだ…よかったぁ」ほっ…

ニャー スリスリ…

ニャーが近寄ってきたけど、ごめん
今はそれどころじゃないんだ
会う約束をしているところなんだ
…本当に僕がやっている事は恋人同士のやり取りみたいだ



「合宿ゼミ?まぁいいだろう」
「ありがとうございます」

夏季休暇中の合宿ゼミは任意参加で大学校舎内での宿泊だから費用もかからない
でも僕が泊まる場所は

「いらっしゃい。久しぶりだね!」
「お邪魔します」

もちろん高山さんの家

「あれ?ポチとタマはどうしたんですか?」
「森に返したんだよ。彼らだって繁殖しないとね」

高山さんは昆虫にとても優しい

「合宿ゼミなんてまだやっていたんだ。僕は1度も参加した事ないけど、どんな感じなの?」
「前期講義の復習って感じでした。講師がひたすら喋りまくっていて、その内容を僕たち学生がメモを取りまくるって感じです」
「なんだか暑苦しそうだね;;;」
「はい、熱気が凄かったです」
「今夜は涼しくなるメニューにでもしようか」

そう言って高山さんが作ってくれた夕飯は素麺と夏野菜の素揚げという夏らしいメニューだった
味はもちろん言い分なし
その後はスマホを弄りながら

「写真に写っている沢城くん、全部真顔だね」
「笑えって言われてすぐ笑えますか?」
「笑わなくてもニーって言いながら撮ってもらうとか」
「ニー」
「真顔だね;;;;」

たわいもない話しかしていないけど、とっても楽しい

「沢城くん、先にお風呂どうぞ」

気がついたらお風呂の時間になっていて
そして惜しくも寝る時間が迫っていた

「ベッド借りてすみません」
「いいんだよ。狭くてごめんね」
「いいえ。僕の身体にちょうどいいサイズです」
「明日のゼミ、早めに終わるといいね。ちょうど花火大会があるからさ、終わったら一緒に観に行けたらいいなって」
「それじゃ早く帰ってきます」
「ゼミはちゃんと最後まで聞かなきゃ駄目だよ?」
「高山さんは真面目ですね」
「そうかな;;; そろそろ寝ようか。おやすみ」
「おやすみなさい」

外気温は20度以上あるけど、室内はエアコンと扇風機のおかげで寝苦しくない
そういえば…今日の高山さんは薄い長袖と長ズボンだったな
寒がりなのかな
そんな事を思いながら僕は眠りについた



翌日のゼミ終わり
花火会場に向かって歩いている途中で偶然にもネコ娘さんに会った
誰かと待ち合わせをしているらしくその場所まで僕たちと一緒に行動する事に

「今年こそ海!プールでもいいわ!」
「…えぇ;;;」

さっきからネコ娘さんが凄い剣幕で高山さんに言い寄っている
相変わらず押しが強い;;;;

「運転はするからさ、泳ぐのはちょっと…」
「どうしてよ!泳げなくたっていいじゃない!」
「…いや…その…参ったな;;;;」
「今年こそ一緒に行きたいの!」
「;;;;;」

お人好しの高山さんは断りきれず脂汗をかきまくっていた


あれ?
あそこにいるのは

「ねこ娘?」
「…なんであんたがここにいんのよ///」

時計台の下に差し掛かった時、ねこ娘にバッタリ会った

「先生お待たせ〜あれ?もしかして…先生って沢城くんの知り合い?」
「幼馴染です」
「そうだったんだ!じゃ、せっかくだから4人で行きましょう」
「だって。一緒に行こうか」
「…あんたが嫌じゃなければ…////」

しばらく道なりに歩いていると

「なんだかダブルデートみたいで素敵ね」
「…ちょっとデートって//」
「あ、ちょっと飲み物買ってくる!先生の分と沢城くんの分も買ってくるわ!行 く わ よっ」

そう言ってネコ娘さんは高山さんを強引に連れていった
僕らは逸れないように、目立つ看板の所で彼らを待つことにした

「…よく外出許可が出たわね」
「ちょうどよく合宿ゼミがあって」
「あぁ…そういえばこの時期だったっけ」

あ、靴紐が解けそうになってる
なおさないと…

「逸れないでっ」
「え?」
「!/// ちょっとっ!顔が近いわよっ」
「ごめん」

しゃがんで上を向いたら、ねこ娘の顔が目の前にあって、鼻頭同士が軽く触れ合ってしまった
そんなに離れなくたっていいのに

「お待たせ〜」
「そろそろ始まっちゃうから、よく見える場所まで急ごう」

高山さんたちと合流してちょうど敷物に腰を下ろしたら、カウントダウンのアナウンスが始まって

「わぁ〜綺麗」

タイミングよくオープニングの花火が打ち上がった
こんなに近くで花火を見るなんて…地元なのに初めてなんだよな
女性たちはアルコールを、僕たちはノンアルコールを飲みながら、夜空を見上げて堪能した

「今度、先生も一緒に海に行きましょう?日焼けが嫌だったらプールでもいいわ!」
「また言ってる…;;;」

次の花火が打ち上がる合間にネコ娘さんはねこ娘にそんな事を言っていた
ちなみにねこ娘を先生と呼ぶのは、研究室の臨時講師だかららしくて、その流れで高山さんも同じくねこ娘の事を先生と呼んでいた

「高山さんは泳げないから乗り気じゃないんですか?」
「僕は…その…肌が…そう、肌が弱くて、海とか温泉とか紫外線とかが駄目なんだ」
「そうなんですね」

夏なのに肌隠す服装を着ているのはそういう理由だったんだ

「そうしたら室内プールとかはどうですか?紫外線もないし」
「…でも、ほら、塩素が;;;;」
「あ…」

そういうレベルか

「でもネコ娘さんはきっとその場に高山さんと一緒にいたいだけだと思いますよ」
「その場に?そうか…それじゃ泳がなくてもいいなら行ってもいいかな」
「…僕もついて行ってもいいですか?」
「いいよ。この4人ならネコ娘も一緒に泳げる人がいていいだろうし。よし、そうしよう」

次の花火が打ち終わった後に早速ネコ娘さんにそう提案していた
返事は即答でOKだった

「あんたも水着持ってきなさいよ」
「水着か…あったかな」
「…もしなかったら選んであげるんだから」
「いいのか?その時はお願いするよ」
「/// おっお金は出しなさいよ!」
「当たり前だ」

花火もフィナーレを迎え、見物客が一斉に帰っていく
僕たちも逸れないようにしながら、駐車場に向かって歩いていた

「1人で帰れるかい?」
「大丈夫よ!大丈夫!そんなに酔ってないし〜」
「こんなにふらふらなのに;;; 家まで送るよ。先生も近くまで送ります」

高山さんは誰にでも優しい


みんなを送って僕たちも家に帰ってきた
少し煙臭い服を脱いで、お湯に浸かって、部屋着に着替えて、冷えたミネラルウォーターで喉を潤す

寝る前に気になる事をひとつ聞いてみた

「高山さんはネコ娘さんと付き合わないんですか?」
「…うん」
「どうしてですか?」
「正直、好きかどうかわからない。でも確かに一緒にいると落ち着くんだ。でも…僕じゃ…彼女を幸せにできないから…」
「え?」
「変な期待をさせてはいけないと思って…」
「変な期待?」
「…沢城くんももう少し大人になったらわかるよ」
「…そうですか」

確かにまだ未成年だけど
お付き合いすると何を期待させてしまうんだろう
今度はそんな事を考えながら布団を被った




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