出逢いの春



「きゃー見て?あの沢城病院の息子よ」
「お近付きになりたいわ」

車から降りるや否や周りが煩い


僕はこの春、獣医学部に入学した
地元の大学で珍しい事もなく淡々と過ごしていく日々
そんな中、ちょっと刺激的な事が起こった
それはいつも最後列で講義を受けていた、ある日の事だった


ドタバタ

「はぁ…はぁ…」

誰?

「出席ってまだ取ってない?」
「まだですね」
「ふぅ…よかったぁ。間に合った…」
「…」
「あ、僕の事は気にしないで。単位が足りないだけだから」
「…」

なんだ?この人は?
入学式にはいなかったからきっと他学部の学生だろうな
…出席カードが配られたら早速寝てるし
自分から関わる必要もないから、無視して講義内容を自分のPadにメモし続けた
90分の講義が終わったら僕の隣には誰もいなくなっていて、少しだけ嗅いだ事のある消毒薬の匂いが漂っていた
そのまま2限目の講義場所へ移動し何事もなかったかのように過ごし
そしてお昼になって学食の前に来た時
肩をポンと叩かれて、振り向いたら朝のあの人がいた

「今日はありがとう!君のおかげで助かったよ」
「…何もしていませんが」
「最後列に誰もいなかったらどうしようかと思ってさ。お礼に学食奢るよ。ラーメンでいいかい?」
「…はい」

そう言われてその人と一緒にラーメンを食べる事になった
学食の味はイマイチだけど、食べられなくはない

「沢城くんっていうんだね。僕は高山っていうんだ。よろしくね」

食べ終わって簡単な自己紹介をしていたら

「ちょっと鬼太郎?新入生に何やってんのよ」
「ネコ娘っ!違うんだ!僕は何もしてー」

綺麗な女性が声をかけてきた
…この人もネコ娘っていうのか

「っていうか君、あの有名な!」
「え?沢城くんは有名人なの?」
「何言っているのよ!この大学にいて沢城病院を知らない人はいないじゃない!」
「…あぁ、あそこの」
「…」
「;;; ごめんねっ。鬼太郎はちょっと浮世離れしている所があって」
「いいえ…気にしていませんから」
「鬼太郎に友達ができて安心だわ。じゃ、またね」

そう言ってネコ娘さんは去っていった
この2人はどういう関係なんだ?
学食の薄いお茶を飲みながら、そんな事をふと思っていたら

「沢城くんは午後の講義もあるんだろう?そろそろ行かないと」
「高山さんは?」
「僕は大丈夫。朝一の生物学の講義だけ単位が足りないだけだから。後はもう取得済みなんだ」
「って事は高山さんは6年生ですか?」
「ん〜7年生って言ったらいいかな?」
「…留年って事ですね」
「ははは;;;;; じゃ、またね」

そう言って僕たちは別れた



午後の講義も終わって迎えの車を待っていた時

「あ!沢城くんじゃない!」
「あれ?ネコ娘さん」

ネコ娘さんにバッタリ会った
昼とは装いが違って白衣を羽織っていた

「ネコ娘さんは院生だったんですね」
「そうなの。本当は一緒に鬼太郎も進学する予定だったんだけどね」
「…何かあったんですか?」
「成績はトップなのに急に朝だけ大学に来なくなっちゃった時期があって…」
「…」
「単位が足りなくて一緒に卒業できなかったの」
「何があったんですか?」
「それがね、私にも教えてくれないのよね」
「…」
「今は生物学の講義がある時だけ来ているからなかなか会えないし、私も研究で忙しいし」
「…ネコ娘さんは高山さんの彼女じゃないんですか?」
「かっ!彼女って!!!そっそんなんじゃないわよっ!ただの…その…友達…なんだから」

どう見ても友達以上の心配ぶりだけど
そのまま挨拶をして別れた

車内でこの前配られた講義内容を見直してみたら、確かに朝一の講義はほとんど生物学ばっかりだった
…高山さんは朝弱いのかな


次の日から

「あ、おはよう!今日もお昼一緒にどう?」
「…今度はもう少し美味しい物を食べましょう?」
「そんな…学食に旨味を求めても駄目だよ;;;」

僕は生物学の講義がある日が少しずつ待ち遠しくなった





とある動物病院にて

「大学は順調なの?」
「まぁ…」
「また一匹狼になっているんでしょ?」
「その方が楽だから」
「あんたはもう…食事くらい誰かと会話して食べれば気分も変わるんじゃないの?」
「…あ」
「え?」
「確かに学食は美味しくないけど、一緒に食べる人がいる時は箸がすすむ」
「へぇ…友達できたんだ。珍しいわね」
「…まだ友達じゃないかもしれないけど」
「物好きもいるもんね。まぁ、総合大学だしいろんな人がいるとは思うけど…はい、予防接種終わり」

ニャー

「相変わらずいい猫ね。私みたい」
「猫だけど?」
「// 比喩よっ比喩!」

僕の幼馴染ねこ娘は、同じ学部を卒業して獣医師として働いている
なんでも気軽に話せて本当の家族みたいな存在なんだ
今日の午後は講義がなくて、暇だから飼い猫の予防接種に来ていた

「あれは高山さん?」

家に帰る途中コンビニの前を通りかかったら、高山さんがレジ打ちをしていた
もしかしてバイトかな
コンビニなんて数えるくらいしか入った事ないけど、飲み物でも買ってこようかな

ウィーン

「いらっしゃいませ。あれ?沢城くんだ」
「こんにちは。バイトですか?」
「そう。午後は比較的暇だからさ」
「僕も水曜日の午後は講義がなくて暇なんです」
「そうなんだ。何かサークルでも入ればいいのに」
「そういうのは親から禁止されていて」
「そうなんだね。じゃ、僕が車で連れ回しちゃおうかな」
「え?」
「なんてね!冗談だよ」

冗談と言われたけど、ちょっと連れまわされたいと思ってしまった自分がいた

ニャー

「猫?」
「あ、僕のペットです。さっき予防接種に行ってきて、その帰りなんです」
「可愛いね。なんの種類かな」
「アメリカンカールです」
「こっ高級猫じゃないか;;;;;」
「詳しいですね」
「一応獣医師の卵だからね;;; 動物には興味があるんだ」

そんな話をしながら飲み物を1つ買って家に帰った


翌日の夕方

「あれ?今日も来てくれたのかい?」
「明日のお昼を買おうと思って」
「大学にも売店あるよ?」
「…たっ食べたい物がないんですよ。そこには」
「確かに品揃えは悪いかもね」

そう言ってパンを選んでクレジットで支払っていたら

「もう少しでバイト終わるんだ。一緒に帰らないかい?」
「え!いいんですか」
「いいよ。もしよかったらお茶でもして行こうか。帰りは家まで送っていくから」

そう言ってくれた
…なんだか嬉しかった


カラン…

「昔からあるような喫茶店ですね」
「アンティークな雰囲気が好きなんだ。もちろんコーヒーも美味しいんだよ。コーヒーは飲める?」
「はい」

高山さんに連れてこられた場所は、少し古臭い外観だったけど、室内は洋館みたいなテーブルやイスが並べられていた
客層も落ち着いた大人の人ばかり
席についてから数分で注文したコーヒーが運ばれてきた

「美味しいですね」
「沢城くんの口にあってよかった」

ニコッと笑うその笑顔が僕の心をキュッと締め付ける

「高山さんも結構舌が肥えているんじゃないんですか?」
「そんな事ないよ。ないない。美味しい物を美味しいと言ってるだけさ」

あれ?
左手首に包帯が巻かれている

「高山さん、手首どうしたんですか?」
「あぁ、これ?なんでもないよ」
「…そう…ですか」

意外とあっさり話題を切られた
余計気になっちゃう

「沢城くんは休みの日は何をしているんだい?」
「本を読んだり猫のお世話をしたり…たまに使用人に連れられて鑑賞会に行ったりしています」
「なんだか次元が違うね;;;」
「でももっと違う事したいんですけど…何をしていいか分からなくて」
「…やっぱりさ、僕、連れ回しちゃってもいいかな?」
「!!」
「なんだか沢城くんと一緒にいると楽しいんだ。僕には友達がいなくて、暇になると1人でドライブとかしていたけど、こう一緒に話しながら楽しめるっていいなって思って」
「高山さんがいいのなら、僕、連れまわされたいです」
「その言い方;;; 周りに聞いている人がいたら誘拐と思われちゃうよ;;;; それじゃ、連絡先を交換しようか」

そう言って連絡先を交換した
高山さんのアイコンがシャンプーとかについているあのポンプ画像でつい笑ってしまった

「そんなに笑わなくても;;」
「いや、だって。このセンスなかなかないですから」
「適当な写真にしただけだから;;;;」

そもそもそんな写真を撮っていたっていうのも可笑しな話だ

小1時間はあっという間に過ぎて、高山さんの車で家まで送ってもらった

「今日はありがとう。また連絡するね」
「はい。ありがとうございました」


高山さんは何処に住んでいるんだろう
赤いテールランプを眺めながらふとそんな事を思った





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