伝心


朝起きて、父さんと会話して、食事して、午後までのんびり過ごして
いつもの道を歩いて、買い物に行って
いつものように財布にお金がなくて、いつもの食材を買って
たまに手紙がはいってるポストを覗いて、家に戻る
最近の日常はこんな感じだった
ゆっくりとした時間の流れに身を任せて、まさに平穏そのもの
でも、それはつい先日までの生活のことだった
ここ数日間は、考え事もあったせいかあっという間に過ぎ去って・・・
いつもの日常を過ごしたはずなのに、満喫した感じがまったくない
「・・・」
もう明日には、その「いつも」を手放さなくてはいけない
覚悟は決めたはずなのに、自分の心が何かを迷っている
「ふぅ・・・」
今日はその何かをしっかり伝えないと


*


夕方、公園のベンチに座り、僕は彼女を待った
木枯らしに吹かれ、ゆらゆらと動く遊具を眺めながら、焦る心を落ち着かせた

しばらくすると、遠くから駆け足で彼女が近づいてきた
吐く息が白い・・・きっと寒いんだろうな
「ごめん、待ったでしょ?」
「ううん、今来たところだよ」
「本当?よかった〜」
「それじゃ、行こうか」
僕はさっき通って来た道、君は久しぶりに通る道
そんな横丁までの道を僕らはゆっくり歩き始めた
横から君の視線を感じる・・・
今、君の目を見つめれば僕の心が伝えてしまう
だから、僕は目を閉じて大切にこう告げた
「寒いね…」
「うん。そろそろ冬だもんね。手がすごく冷えるわ」
「…寒さで震えてる冷たい手でよかったら…繋ぐ?」
「えっ!…//…うんv」
本当は寒さではなく明日という日に脅えて震えていて
いつもと同じ低体温の手なのに、冷たい手とあえて言う
少し恥ずかしい気持ちもあったけど、ちょっとだけ胸がドキドキした

手をつないだまま僕の家まで一緒に行き、そのまま部屋の中へ
父さんは用事があって今夜はいない
「明日もバイトなの?」
「明日は休みをもらったの。だから今日はゆっくり休めるわ」
「そうなんだね。何もない部屋だけどゆっくりしてって」
「大丈夫よ、この部屋のことは知り尽くしてるから。お茶入れるね」
一緒にいつもの夕飯を簡単に済ませ、いつもの会話を楽しんだ


人口密度の高い狭い部屋は、いつもよりも温まりが早かった
食後という条件も重なり、睡魔が容赦なく娘を襲ってくる
「疲れてるよね、横になろうか?」
「うん・・・ごめんね」
一枚しかない布団を丁寧に敷き、その上に彼女を優しく寝かせてあげた
「き…たろう…」
「なんだい?ネコ娘…」
お互い名前を呼び合った後、両腕で包み込むように抱き合った
額を合わせながら、今にも閉じそうな瞳に向かって
「…これからもネコ娘の事、大事に守っていくから」
「う・・・ん・・・」
と、秘めた思いを告げ、一緒に意識を手放した


*


出発の早朝
窓から見下ろした先に身支度をした父さんが立っていた
家の暖をつるべ火に頼み
君に絡めた指先をさり気なく外して、僕は何一つ告げずに旅立った


[*前] | [次#]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -