※望



夏休み1日目  晴天
バイトの休みを利用して 2人は高山の“借り物”を返しに少し離れた小さな銭湯へ来ていた
昔ながらの雰囲気が漂うその場所に、それらの持ち主がいるのだという
「ちょっと待ってて」
「うん」
高山は松岡から一番大きな荷物を受け取ると、自分の持っていた毛布と一緒に束ね直した
自動ドアを通り抜けて敷き詰められたスノコでシューズを脱ぐと、靴箱にしまうことなくそのままにした状態で中へと入っていった
松岡はその場から硝子越しに高山の様子を眺めながら待つことにした

廊下を進むと男女の脱衣所を仕切る番台が見えてる
そこに座っていた女性が高山に気付くと、少し高いその場所から身を降ろして高山の元へ駆け寄った
「高山くんじゃない!心配したのよ!急に来なくなったから…」
「ごめんなさい。お…お風呂が直ったんですよ。だから―…」 
「そうなんだ。それと―」
「うわっ」
「やっと髪切ったのね〜節約の癖は昔からだもんね!」
「あはは…今日はこれ…遅くなったけど返しに来ました」
「あ、もういいの?」
「はい。どうもありがとうございました」
「だから〜敬語使わなくていいのに…ん?あの人は?」
「え?」
女性はドアの向こうにいる松岡の姿を見つけ軽く会釈すると松岡も同じ動作をした
「学校の友達?背高い人ね…あっ高山くんはこれから成長期なんだから気にすることはないんだからね!」
「え、あぁ…そうですね。それじゃ今日はこれで…」
「また来てね!」
「はい。また…何かあった時はお願いします」
元気がいい女性の声に後押しされるよう高山は脱ぎっ放しのシューズを履き銭湯を出た
「ごめん。待たせちゃった」
「もういいの?」
「うん」
高山は少し傷む胸元を抑えながら松岡と共に歩き出した
小さい頃からお世話になった彼女に嘘をつくのはとても辛かった
でも、本当のことは
「…言えません」
「ん?どうかした?」
「いやっなんでも…ちょっと独り言…」
「?」
松岡は何も聞き出すこともなく、スーパーに寄って家へと戻った


**


時計の針はとっくに12時を過ぎていた
松岡はそろそろ寝ようとベッドに腰掛け、眠る気配のない高山の様子を眺める
銭湯の帰りからどことなく元気のないその姿
部屋にきてからは バッグの中身を何度も確認する姿が目に付いた
そして 今もまた同じような動作をしながら高山は心配そうな表情を浮かべていた
「まだ寝ない?」
「あっ…寝るよ。今着替えるね」
松岡が声を掛けると慌てて布団へと潜る高山
「電気消すね。おやすみ」
「おやすみ…」


スースー


小一時間後
高山は狸寝入りをし松岡が寝入ったのを確認するとベッドから音を立てないように慎重に左足を床に降ろした


ガシッ


「!!?」
「どこ行くの?」
寝ていたはずの松岡が高山の右手を掴み、高山は驚きを隠せずそのまま黙り込んでしまった
無言の背を眺めながら松岡は話を続けた
「今日はどうしたんだい?なんだか元気ないみたいだけど…」
「…」
「さっきも聞いたけど、これからどこに行こうとしていたんだ?」
「………バイト」
「バイト?こんな時間に?」
「…うん」
「高山がバイトしているって初耳だけど?」
「それは…言ってなかったから…」
「じゃ今聞くよ。何所でバイトしてるんだい?」
「下の…公園…」
「!!!?」

出会ったあの日の出来事が自然と脳裏に浮かぶ

(まさか…)

「もしかして…身体を売って…お金を稼いでたの?」

(言うな…言わないで!!)

「そうだよ」


パン―


静寂しきった空間に乾いた音が響わたる
暫くすると、高山の頬と松岡の手にジンジンと痛みが伝わってきた
「っ…なん…で…?」
「お金を稼ぐなら他にも方法があるじゃないか!」
「別にいいじゃないか!!誰にも迷惑かけてない!」
「!!」

(なぜその方法を選んでしまったのか。なぜ自分の行動を正当化するのか)

「今日行った人って知り合いなんだろ?そこで働かせてもらえば―」
「それは…出来なかった」
「じゃ他の―」
「頼る人なんて誰もいないよ!僕は1人なんだ!!」
高山は下を向きながら声を荒げ松岡の言葉を尽く遮った
何ともいえない緊張感が張り詰め、高山は松岡に背を向ける
握られた拳はフルフルと震えていた

少し落ち着きを取り戻した松岡は背後から高山の身体を包み込み頭をそっと撫でた
「もう1人じゃないんだよ?」
「…」
「もっと自分の身体を大事にして」
「…っ…」
「僕が―…困るから」
「うっ……ひっ…ぅ…」
自分の知らない世界は自分で判断するしかなかった、でも今は頼れる人がこんなにも近くに居る…
そう感じた高山は声を押し殺しながら溜まった涙を一瞬きで流した


松岡の長い指が高山の顎をなぞり、自分の方へ高く向けると触れるような口付けを交わす
軽々とその身を抱くとベッドの上に横たえさせ自分もその上に覆いかぶさった
“言葉”ではなく“瞳”で会話を交わし全身でお互いを求め始めた

手で根元を扱き、舌先で先端を愛撫するとそこから透明な液が滲み出す
それを孔に擦り付け軽く指を第二間接まで挿入させると円を書く様にゆっくりと動かした
慣れた行為のはずでは?と松岡は思っていた
しかし、高山の顔を見上げると先ほどから止まることをしらない“それ”が頬を濡らしていた
「痛かった?」
「ううん…違う…ひっぅ…」
「じゃ…どうして泣いているんだい?」
「だって…っううぅ」

「こんなに優しくしてもらったこと…ないから」

「!!?」
正当化してたんじゃなくて、本当は何も知らなかったのではないだろうか、と、松岡の心が少しだけ痛んだ
優しく自身を埋め込むと、肌を離しては重ねる行為を繰り返した
その動きに併せて高山は何度も掠れた声をあげる
それはとても艶やかで自然と発せられる声だった

高山は心を許した唯一の存在に抱かれ、薄れゆく意識の中で今までのことが過ちだと気付いた
両足を松岡の身体に絡ませ、動きを一体化し深い快楽へと突き進む
やがて、高山の最奥に灼熱の迸りが注ぎ込まれると、2人は身を重ねたまま全ての感覚を手放した


**


その後、高山が公園に足を運ぶことは一度も無くなった
が 過去のことといえ事実は事実
記憶が塗り替えられるその日まで共に過ごす事が出来たらと 望む松岡だった

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