十三夜月



丑三つ時
松岡は救急箱からあるものを全て使い切きり高山へ処置を施した
処置といっても消毒と包帯という簡単なものだったが、それでも高山は最後に感謝の言葉をきちんと伝えた
少し小腹が空いた松岡は何か摘もうと冷蔵庫へ向かい、高山は動き難そうにベッドから机に移動し、その上に開きっぱなしの課題をじっと眺めていた
2人は冷えた烏龍茶を飲みほした後、高山はベッドで松岡は課題を直してからソファで身体を休めた


**


翌朝
松岡がいつもの時間に起床すると高山はまだ夢の世界だった
登校準備を終わらせてもまだ起きる気配がない高山にメモを残し、今日もまた8時30分に家を飛び出した

試験前は準備期間として14時に講義が終わる
終了のベルと共に松岡はまっすぐ駐輪場へ向い部屋へと戻ってきた
ベッドに近づくと高山の長い髪が湿気を帯び、布団を捲ると衣服もその下の包帯も汗で湿っていた

高山の身体は熱を発していた

松岡の考えていた予定が狂い始め少しだけ苛々し始める
外気の涼しさを感じた高山が目を覚ましゆっくりと身を起こすと
「具合…悪い…」
「すごく汗かいてるよ。はいタオル」
「…ありがと…」
「近くにクリニックがあるけど」
「…」
フラフラと立ち上がり昨日の服に着替え、床に置いていたショルダーバッグの中身を確認した後
「場所…教えて…」
「いいよ」
松岡は紙にクリニックへの地図を書き記し高山へと渡した
場所はここから歩いて5分もかからない
「ちょっと…行って…来ます」
高山はシューズを履くとドアを開け1人で出て行った

松岡はその後を追おうとはしなかった


**


予定していたこととは、高山と一緒に買い物へ出かけることだった
しかし、さっきの感情で松岡は何もそこまでしてあげることはないんじゃないか、と考え直した
深呼吸し、気持ちを入れ替えた松岡は限られた時間を有効に使うため机にむかうこととした


「んーーーっ」
背伸びをした弾みに壁に目を向けると時計の針は18時を過ぎていた
この季節、外はまだ明るく迷う要素もさほどないはずだが、高山はまだ戻ってきていなかった
キリがいいので夕飯の買い物の次いでだ、と、自分に言い訳をして松岡は外へ向かった

まずは近くクリニックから
松岡も実際入るのは初めてで、とりあえず受付の窓口に尋ねる事にした
「すみません…あの…高山って子がこちらに…」
「あっ高山さんの付き添いの方ですか?」
「え…まぁ…」
「これ忘れものなんですけど」
看護師から渡されたのは、大量の包帯と湿布、その他諸々
「こんなに?」
「忘れ物って言いますか…交換するって言ったんですけど今のままでいいと言われまして」
「…はぁ」
「かなり滅茶苦茶だったので…ご自分でやられたのかと思いますが」
「………渡しておきます」
肝心の高山はというと、治療代を全て支払いとっくに帰ったという
ここにいる理由が無くなった松岡は、入ってきた自動ドアに向かおうと会計の前を通った時
「あっあと…」
「はい?」
今度は事務の子に声を掛けられた
「この次でいいので保険証持って来て頂けますか?そしたら返金致しますので」
「……はい」
「お大事に――」
クリニックを後にして、今度は少し離れたスーパーへと足を向けた
いつもより歩幅を広げ、一歩一歩ゆっくりとした足取りをしながら、松岡はさっきのことを思い出していた
1番気になることは会計での内容
高山が保険証を忘れた…いや そんなはずはない
だって荷物はあのバックしか…
「!!?」
松岡は急に足を止めた
もしかして、高山は忘れたのではなくて持っていないのではないのかと
そもそも1人で3ヶ月間も半野宿状態なんてどう考えてもおかしい
普通なら親に頼るはず…


もし その親がいなかったら―

「はっ!!…僕は…なんてことを…」
自分の愚かさに気付いた松岡は、急いでアパートへと戻った
が、そこに高山の姿は無かった
「っ!!!」
松岡は、自分の身勝手さに無性に腹を立たせていた
明らかに弱っていたにも係わらず 助け舟すら出そうとしなかったこと
相手の事情もろくに聞きもせずに その場の感情だけで判断してしまったこと
何よりも自分のことしか考えていなかったことに
高山は松岡を頼っていることはあの日の涙で瞭然だったはず
それなのに…
松岡はアパート近くを駆け巡り高山を探し始めた

小一時間後

公園近くの歩道で松岡は両膝に手をつき息を整え、顔を上げるとその入り口に人影が見えた
荒い呼吸のまま近づくとそれは縁石に腰掛けている高山の姿だった
「はぁ…はぁ…高…山…?」
「ん…あっ……」
名前を呼ばれ高山は伏せていた顔を上げた
目の前の人物を確認し言うべき言葉をかける
「遅くなって…ごめんなさい」
「いや…悪いのは僕の方だよ」
「え?」
高山は松岡が謝る訳がわからず首を傾げる
「君を見放してしまった…」
「…そんなことないんじゃ…これが普通だと思うけど…」
「え?」
「だって…僕たちた―」
「違うんだ!!」
「!!」
「僕も君と同じで最初はそう思ってた…でも」
「…」
「こんなにも引き付けあう存在が今まであったかい?君だって…実はそう感じているんじゃないかな?」
「…」
高山は両腕に巻かれた包帯を強く握り締めた
それを見た松岡は、"なぜ 外さなかったのか"、その理由が 今ならわかるような気がした
「戻ろうか…高山」
「……あの…まだ名前聞いていなかった」
「あ…そうだったね」
質問攻めの松岡は今まで名乗っていなかったことにやっと気付いた
「僕は松岡」
「…帰ろう。松岡」
高山が松岡の手を取り家の方向へと歩き出す
後を振り返っては松岡に何度も見せるその笑顔
それは、高山が心を開き始めた合図なのかもしれないと感じとった松岡であった

[*前] | [次#]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -