既朔



土曜日は松岡にとって嬉しい日曜よりも嬉しい曜日
起床を邪魔するものはなく、目覚めのいい朝を迎え昼から入れるバイトは大事な大事な稼ぎ時
ゆっくりとソファから身を起こしぐーっと背伸びをしてから風呂場へと向かう
と、ここまではいつも通りだった
「……そう…だっ!!」
松岡は昨日のことを思い出し、慌ててベッドを覗きに行くとあの少年は寝息を立て深い眠りについていた

 昨日とは違う表情だな…

こんな近くで人の寝顔をみることは家族以外今までなかった
呼吸の度に上下する胸元
自分とは違う硬い髪質
歳はいくつなのだろう
親は―
看てるだけで興味が増すばかり
そんな少年の魅力に取り付かれ、松岡は飽きることなくずっと眺めていた
その数分後、少年の睫毛がピクピクと震えだし閉じられていた瞼がゆっくりと持ち上げられた
と同時に、お互いの目が合った
「…おはよぅ」
「おっ!?おはよう…」
少年から普通に言葉を交わされ驚いたのは松岡の方だった
少年は身を起こすと首を左右に振り周りを見渡と
「…あれ…ここ…」
言葉を発しながら徐々に自分の置かれた状況を飲み込み始めた
その様子をみて松岡が言葉を付け足す
「ここは僕の部屋だよ」
「部屋?」
今度は目線を下に向け上着を掴みながら、再度目線を松岡に向ける
「服…」
「うん。それも僕の」
「……あっ!」
今度は少し慌てた様子で自分の辺りを見回し始めた
「ねぇ お金は?」
「お金?」
「うん」
昨日の状況を思い出すが確か…お金はなかったはず
性格にはお金だけでなく服すらなかった
「ごめん。僕が行った時は見当たらなかったよ」
「そぅ…」
少年は溜息と同時に肩を落とした

 確かにお金は大事だ
 自分は大学というところはこれほどお金がかかる場所とは思っていなかった
 講義の教材、交通費、アパートの家賃、その他諸々
 本当にこの世界はお金が全てはないかと思ってしまう
 きっとこの少年も同じ考えではないだろうか
 そんな思いを巡らし少しだけぼーっとしていた

「お風呂…入ってもいい?」
「えっ…あぁ、いいよ」
脱いだ寝巻きを預かると昨日よりも数段明るい蛍光灯に映し出される2度目の裸に自然と目がいった
セミロングの髪に隠されていた肩には擦り剥いた痕、背中には無数の青痣、肘や膝はとくに肌荒れが酷かった
「ちょっと待って」
「?」
松岡に声をかけられ少年は浴室に片足を入れたまま振り返る
「沁みる…だろ」
「…ありがとう」
干したてのタオルを2枚手渡した

数十分後に少年が風呂場からあがるとバスタオルに身を纏ったまま窓の外を眺め始めた
松岡はタンスの奥をあさり2度と着ることはないと思っていた中学時代の私服を少年に手渡した
ちょうど良いサイズのシャツを着こんだ少年は松岡ととくに何も語ることなくアパートの1階で別れた


**


バイト中も昨日今日の出来事のことで頭が一杯だった松岡は、手に持っていたビラを数枚無駄にしてしまった場面もいつもより多くあったが、誰かが監視しているわけでもないため、全く気にせず今日の仕事を終えた

もう少しで日を跨ごうとする時間に帰宅
さすがに長時間立ちっぱなしは足に堪え、服を脱ぎ捨て安らぎの場所へうつ伏せでダイブする
そして一度仰向けになり溜息をひとつ
明日は来週に備えての休養日
何をしようかと考えながら眠りにつこうと枕に顔をうずめた
が、午前中まで枕の主だったあの少年のことだけが脳裏に浮かんでなかなか寝付けず、結局朝まで一睡もできなかった

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