下弦



「どれにしようかな…」
「たくさんあるんだね」
2人は街中のとある携帯ショップに来ていた
部屋に電話のない松岡が懐が暖かいうちにと購入を決断
連絡が取れるなら別に最新のものでなくていい
そうはいってもこんなに種類があってはなかなか決めることが出来なかった
松岡はふと高山に目を向けると淡緑色をした春モデルの機種を手にし開け閉めをしてはボタンを押していた
「いい色だね、これ」
「機能が1番使いやすそうです」
2人の着眼点は相違しているものの気に入った点は同じだった
早々に手続きを済ませ外へ出ると街灯がともりはじめた
松岡は歩きながら開いている左手で受け取ったばかりの携帯を開く
「何を打ってるの?」
「ん?みる?」
「たかやま…ってえ!?僕の名前?」
「そうだよ」
「僕、電話持ってないよ?」
「いいんだよ、今無くたって―」
「?」
「いつか…ここに入力できる日が来るからさ!だから登録」
初めて入力した字は松岡の心の支えとなってきたまじないのような2文字であった

2人はアパートへは戻らずに高台へと向かった
そこには白いコンクリートで出来た置物があり、公園でいうジャングルジムのような代物
高山はそこに登り、松岡はその壁に寄り掛かり、目下に広がる景色を眺めていた
今の高山は松岡より少しだけ背が高い
「こんなに遠くまで…松岡にはこんな風に世の中が見えてるんだね」
「そうだね、でも―」
「ん?」
「高山の視界も…僕にとってははじめての世界だ」
松岡も背を屈め、いつもの高山目線で街を見下ろす
同じ景色を見てるはずなのに、同じ世界を同じだけ生きてきたはずなのに、2人は言葉を交わすことなく一緒に過ごしてきた街の夜景を眺めていた

「松岡?」
「なんだい?」
松岡が高山の方を向くと同時にその口唇を塞がれた
いつも見下ろしていた彼を今は自分が見上げている
2人は瞳を閉じながら両手を回し互いの身を暖めた

濃青色の夜空に月の影はなく無数の星々が輝きを放ている
流れ星は涙の雫を、一際目立つ煌きは生き甲斐を、近距離でも決して交じることの無い星座は生き様を
その光は、心以外何も持たずに出会った2人を今もなお照らし続けていた

松岡は高山の身体を更に強く抱き締め、その見返りを待ったがただ時間だけが過ぎていった
見返りを求めた人物はまるで抱き返すことを躊躇している様な複雑な表情をしている
「…高山?」
「松岡…ごめん…」
「何が?」
高山が松岡に謝る
松岡は生唾を音を立てて飲み込み、高山の誤った理由を待った
「僕…今日…この街を出ようと思うんだ」
「!!?」
あの時から今までずっと軋んでいた胸の階段に無常にも高山の足がかかる
「な…なんで?どうして…一体なんでだ!!」
「………」
松岡は興奮のあまり高山を地上に戻しその肩を叫びながら何度も揺さ振った
「どうして…!!?おい!何か言ったらどうだ!…っ…」
「………」
「何でもいいから……何か言って……」
「………」
「……嘘だと……言ってよぉ……」
「………」
動かなくなった玩具のように高山は何も言わない
「…たか…や…まぁ……っ――」
閉じられた瞳から無数に誕生する流星群はその頬を伝い一筋の輝きを放ったあと闇へと消える

高山のいない日々を送るくらいなら、明日なんていらない
こんな日が来るのを知っていたら、今日なんていらないかった
こんな想いするくらいだったら―

「僕…松岡に逢えて…本当によかった」
左親指で止まることを知らない松岡の涙を払いながら高山がやっと口を開いた
相反する答えを聞き、松岡は少しだけ冷静さを取り戻す
それを待った高山は続きを話だした
「僕は今まで…家族だけが大事な存在と思っていた」
「………」
「でも―」
ある人の顔を見ると自分まで嬉しくなったり、身体に触れると抱きたくなったり、手を繋ぐと楽しくなったり、口唇を交わすと求めたくなったり
行為をすれば一緒に同じ鼓動(とき)を刻める
「高山…」
「松岡も…大切な大事な存在って気付いた」
「………」
「…でも…でもね…僕にとって1番なのは家族なんだ」
「…うん」
「だから…だから僕は…父さんに会いに行く―」

強く抱き締めれなかった理由

「………うん わかった……」
「……勝手に決めて…ごめん」
「ううん。勝手じゃないさ」
「?」
「あの日からなんとなくだけど…感じてたんだ 高山が僕の元を去る日が…もうすぐ来るんじゃないかって」
「えっ……」
「でもそんなこと考えたことも無かったから 受け止めることが出来なくて……さっきは酷いことをしたよ…誤らなきゃならないのは僕のほうさ」
「…松岡…」

ごめんね、そして、ありがとう

隠れた月が2人の言葉を鳴謝へと変えた
「……また……ね」
「………また」

初めて訪れたこの高台は、初めての体験を2人に与えた
振り向いて消える笑顔が掛ける言葉を失うほど戸惑うほど儚くて
まるで砂のように脆い船に乗って君と行き着く遠い場所を夢を見ていたようだ
冷たく吹き抜ける風が身体の熱も今まで日々も奪い去っていくようで
逃げないよう、逃さないよう両手を身体にまわし松岡は膝を屈めた

初めて高山に出会った時の場面が、今、脳裏に浮ぶ
そして、初めて出合った時から変わらないあの燃えるような鼓動が松岡を芯から暖め直し始める

1番目を終えたなら、順番があるのなら
いつになってもいい、何十年経ってもいい!
空になったなら注がれる季節を待てばいいんだ

松岡はそう決心した


部屋に戻ると灯りも点けず一直線に寝室へと向かった
ベッドに腰掛け淡緑の携帯を開くと自然と浮かび上がる番号を入力した

プルルルル プルルルル―
 
ガチャ   

<もしもし 松岡です>
「あっ父さん?」
<おお、どうしたんだ。電話なんかしてー>
「いや…今まで連絡とってなかったからさ。どうしてるかなって…さ」

約半年振りの父との会話
大学の試験の追試がなかったことやこの間の旅行のことを話しりした
笑いも交えながら松岡は語り父はただただ相槌を打つ
購入したての携帯が早くもその時を画面右上に知らせた

「…父さん」
<ん?>
「…ありがとう」
<え!?一体どうしたんだ?何かあったのか?>
「ううん…」
<本当だろうな…身体大丈夫か?>
「うん」
<無理するんじゃないぞ?>
「うん…」
<それじゃ―>
「父さん!」
<ん?>
「僕を…進学させてくれてありがとう」
<…>
「父さんを信じて…本当によかった」
<…狭い部屋だけど頑張るんだぞ?>
「うん」

 ピ 

松岡にとって初めての2ヶ月に及ぶ長い長い夏休みが今日、終わりを遂げた

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