※更待月



「さっ降りるよ」
「うん」
電車に揺られて30分、2人は県内の温泉郷に足を運んでいた
駅から降りると乗り換えのバス案内板へ向かい
「えっと…このバスだね」
「ねぇ…せっかくだから歩こう?」
「えっ!?」
予想外の発言に松岡は驚いた
目を丸くしたまま固まった松岡をみた高山は
「嘘だよっ!あっ!バス来た!」
「…ちょっと待ってよ」
松岡の手を取りバスへと向った

あと1週間も絶てば大学の講義が始まる
その前に、自由な時間があるうちに高山と何処かへ行こうと松岡は計画していた
バイト先では2人の真面目な働きぶりが評価され8月の給料は気持ち上乗せ
そのおかげもあり1泊夕・朝食という豪華な旅行が実現できた
「高山は温泉好きなんだよね?」
「うん」
「今までどのくらい行ったの?」
「う〜ん…最近は行ってなかったけど―」
記憶を辿り ポンポンと喋り出す高山
中には松岡でも聞いたことかがあるような温泉旅館の名もあった
「高山は趣味多くていいね」
「ん?趣味?」
「そう 羨ましいよ!僕なんて面倒臭さがりでさ、新しいことなんて絶対1人じゃやらないし 本もあまり得意じゃない」
「そんなことないよ」
「えっ?」
「僕と一緒に旅行してるから…松岡の趣味は旅行だね!」
「…そうか。それもいいな」
1時間弱の道のりがとても短く感じた2人
バス停で降りると門構えが目を引く由緒正しい旅館へと向った


午後は旅館の周辺を散策
長閑な雰囲気が今の2人に丁度合っている
自然と手が握られ歩幅は違えども一緒に歩くその様は兄弟よりも恋人とと言った方が近い
旅館へと戻った2人は、まだ誰も入っていない露天風呂に浸かり、さっき掻いた汗を軽く流す
硫黄の香りが立ち込める湯の中で松岡の膝の上に高山が乗り同じ目線で外の風景を眺めていた
高山は背後から伝わる松岡の息吹を、松岡は高山の胸に回した両手から伝わる鼓動を、移り変わる陽射しと重ねながら過ぎ去った日々の早さを感じていた

夕食も海の幸、山の幸が満載な豪華な料理
2人は迷い箸をしながら新鮮な食材を口へと運ぶ
もちろん、蟹を食す時は無言
満腹を感じては後ろに両手を付き、少し出た腹部を指差して笑い合った
お茶を一杯飲み干した後、高山に誘われるように今度は別の温泉へと向かった
笑顔を振りまく彼を見ているだけで充分幸せだ
そんな松岡はさっきとは違うお湯の質感に少しだけ興味を持ち始めた

部屋に戻ると既に布団が敷かれていた
2人はパリっとした浴衣に袖を通し、今にも解けそうな帯を巻くと窓側の布団に腰を下ろした
「こんなに贅沢したら…なんだかバチが当たりそう」
「今までのご褒美だよ」
「ご褒美?そうかぁ…」
松岡の肩に高山の頭が寄りかかる
「ありがとう」
「ん?」
「とっても楽しい1日だった」
「僕もだよ。旅行ってこんなにいい気分転換にもなるんだな…」
「じゃ、次は僕の趣味に付き合ってくれる?」
「高山の?それって―」
「温泉旅行」
「やっぱり!」
「あははv」
「でも、またここに来たいな。3年後の紅葉の時期とか!少し時間が立ったときとかがいいかも…」
「気に入ってくれてありがたいよ」
「頑張った松岡にご褒美」
「そしたら…僕も―」
松岡は高山と同じ酸素を共有しながらゆっくりと布団に押し倒す
帯は畳の上に2本無造作に置かれ、浴衣は既に張りが無くなっていた
2人は繋がる部分全てを密着させ濃厚なご褒美を味わった


「お世話になりました」
2人は見送りの人々に一礼をして旅館を後にした
門を潜ろうとした時、松岡が門の隣に立っている松の枝先に何かを見つけ声を上げる
「あれなんだろう?」
「ん?……!!?」
「昨日は気が付かなかったけど…ちょっと怖いね」
そこには、注連縄などによく見られる紙垂がひとつ
誰が見ても意図すら理解できないその光景に高山だけがこの意味を読み取っていた
「松岡っ!ちょっと待ってて!」
「高山!?」
急に後ろを振り向き旅館へと戻ろうとする高山
自分から離れてくような仕草に

もしかしたら二度と戻って来なくなるんじゃ…

そんな想いが松岡の心を襲った
だから

ガシ

「わっ!?」
「…っ…」
「松岡?」
「あっ…ごめん…」
松岡の想いが言葉よりも先に行動へと出てしまった
高山は首を傾げ松岡の名を呼ぶと
「待ってるよ…」
「うっうん!」
松岡はそう言って高山の右手を離した
自分の元からスローモーションのように走り去り、次第に小さくなっていくその姿に
「ぁ…」
松岡は思わず手を伸ばし空を掴むのだった

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