居待月



「出て行ってくれないか」
突然言われた管理人の言葉が衰弱しきった高山の精神を更に追い立てた

あの日から20日経っても父の姿だけでなく気配すら感じることはなかった
いつでも帰ってこれるようにと部屋の灯りは昼夜問わず灯し続けていたが、それも今日までとなった
来月から新しい住人がこの部屋を借りることになっており、翌日から壁紙の張替え作業などが立て込んでいるらしい
知らない間に勝手に進んでいた話
急すぎる展開に家具を売り払う時間など高山には残されていなかった

大き目の紙袋に私服3着と下着を放り込む
そして父の書斎に入ると迷わずあのショルダーバックに手の付けていない賞金と自分の小遣いを詰め込んだ
履き慣れたシューズを履き、父と過ごした空間を見つめながらドアを締めた
外は積雪はないもののまだ肌を刺す寒さが残るこの時期、コートを取りにもう一度だけ部屋の中へと戻った
管理人のドアを叩き鍵を返すと無愛想な返事をされ扉を閉められた
貸家に背を向け夕日が沈む方角へ足を一歩出す
が、二歩目で止まってしまった
勢いで家を飛び出たものの高山は頼る人がいなかった
本当は避けたかった
でも今は選んでいる暇もない
高山はまた管理人のドアを叩き、昔この貸家に住んでいた今野家の連絡先を聞いた
無愛想な返事は相変わらずだが今度は地図まで添えてくれた
高山は電車を乗り継ぎ地図の示す場所へと独り向った


最終電車からホームに降り立つと既に回りは闇に包まれていた
住んでいた場所よりもだいぶ南へ来た為かこの時間帯にしては暖かい
羽織ってきたコートを脱ぎ片手に抱え改札を通り駅を出ると数台のタクシーが出迎える
目の前には閉店はしているものの、理髪店や喫茶店、本屋が立ち並んでいた
大きな街から少し離れた場所ではあったが自分の居た場所と比べると充分都会
高山は喉の渇きを覚え、遠くに見えていたコンビニへ向かって歩き出した
「ん?」
道端に落ちていた雑誌を1冊手に取った
中には風俗店や金融会社の連絡先がいくつも載ってあった
誰が読んでも信じれるような記事はひとつないはずだが、高山は安っぽい紙質をパラパラと捲り全てに目を通していた
辞書並みの硬い表現や濁らせた表現の小説に慣れ親しんできた高山
裏の世界なんて存在すら知らなければどんな仕打ちがあるのかすら知らない
世間の常識も乏しく、イメージのわかないことや自分の知らないことは、そこに書いてある"文字"そのままを信じてしまう
そして、高山は信じてしまった

薄い雑誌の裏表紙にはこう書かれてあった
−−−−−−−−−−−−
春から一人暮らしでお金に困るその前に!
お兄さんとお話したりいいことしたりするだけで、その場で現金2万円が必ず貰えちゃう!
○△公園の青ベンチに座って待つべし!
卯月 毎週週末 23時 
−−−−−−−−−−−−
これだけ年齢制限が書いてなかった


主語が「お兄さん」とうことから多分女性に宛てた求人と感じ取った
コンビニのトイレに入り 鏡に映し出された自分の姿をみつめる
"もしかしたら少女に見えるかもしれない"
少しでも少女に見えるように節約もかね、その期日まで髪を伸ばすことに決めた
500mlのミネラルウォーターを1本買って外へ出ると隣の建物との間に公衆電話に立ち寄り、鞄からメモを取り出し10円を入れてそこに書いてある番号を押した

プルルルル… プルルルル…

受話器を持つ手が震えている
「なんて言えばいいんだろう」
高山の頭はその言葉しか浮かばなかった
そして
「はい!今野です!」
「あ…もしもし―」
懐かしく聞き覚えのある声が孤独で冷えきった高山を暖かく迎えてくれた

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