絹雲



人間界から横丁への帰宅途中、空をふと見上げると雲一つない快晴が広がっていた
こんな日は気分もいい
足取りも自然と軽く一段飛びで家の階段を上がると
「――危ないところを助けてもらったんだ」
「僕は―」
家の中から2人の笑い声が漏れていた
「あっお帰り!高山くん」
「お邪魔してたよ」
「2人共嬉しそうな顔してますね。何の話してたんですか?」
「気になる?」
「ええ。なんだか楽しそうに話してましたから」
2人は顔を見合わせて互いに微笑んでから話を続けた
「実はね、お互い母さんの話をしてたんだ」
「かあ…さん?」
「うん。高山くんもいるだろ?」
「僕、まだ会ったことなくて…」
「そうだったんだ…ごめん高山くん」
「いえ…」
予想以上に気落ちした高山に驚いた2人は無言となり、部屋には少し重い空気が漂い始める
「さっそろそろ作り始めないと」
「そうだねっ鍋借りるよ!」
「あっ!水かめはこっちです!」
松岡は機転を利かし話題を変え、3人は役割を分担し夕飯の支度を始めた

今日のメニューは夏バテを解消する鰻料理
炊き立てのご飯に出来立ての蒲焼
タレの匂いだけでも食欲がそそられる
目玉おやじの帰りを待ち、皆で豪華な食卓を囲んだ
味も美味けりゃ話も弾むと思われたが、表情を曇らせ極端に口数が少ない人物がいた

高山だ

彼は胸にぽっかりと穴が開いたような喪失感を振り切り、懸命に話の中へ入ろうとしていたが、どれも作り笑顔に終わる
原因となったあの話題をぶり返す者、切り出す者は誰もいなかった


夕飯が済み、陽が落ちたころ
「おやすみ〜」
「またね」
「2人も気をつけて…」
家の入り口で2人を見送り、高山は複雑な気持ちで床についた



 …たろう…

 鬼…太郎…


 母…さん?

 母さんですか!?

 僕はここにいます!!

 母さん!!



「かぁさ……はぁ…」
浅い眠りから目覚めた高山
辺りはまだ暗く夜明けまでは数時間はありそうだった
もう一眠りしようと思えば出来たのだが、結局のところ起きたまま朝を迎えてしまった
「鬼太郎、どこか具合でも悪いのか?」
「いえ…大丈夫です…」
朝食が全く喉を通らない息子を父は心配そうに見つめるが、夏バテにも似るその症状に危機感までは感じてはいなかった


今まで意識したことのない母の存在と、あの2人の楽しそうな会話が頭から離れない

会いたい

そんな想いが高山を蝕み始めた

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