◆時化-しけ-


木の枝を伝い倒木を飛び越えながら素早く移動する1人の忍は
「あの場所によく立ち寄るって、そういえば言ってたな。待ってろ!」
元同志への憎しみを胸に


六角棒を手に険しい山道を行き交う1人の修行僧は
「なかなか着かねぇな…急がねぇと!」
闇の存在を己の目で確かめる為に


三国山脈の近くの獣道に差し掛かった闇の一族は
「この先の古い社が気になります」
「そこがやつの居場所か…同じ細胞は引き合う力があるようだな。お前はこれから大事な役割がある。その姿から式神へと変化し、わしの身体に張り付いておれ。さぁ、最後の幕開けだ!」
野望の総仕上げの為に


彼らは各々の目的を果たす場所、偉人の霊を祀る古い神社へと集まり始めていた


*


皆が終結する場所で快復に努めていた1人の忍は
「まだ動いては駄目じゃ!安静にしとっ…!」

 ドス…

「…っ、何を…す…」
「おばば…ごめん。でも、僕はいかなきゃならないんだ」
行く手を阻んだ養い親の鳩尾を突き気絶させ、境内へと向かった

社という聖域に相応しくない厚い雲に覆われた鉛色の空
そして、無風の空間に決してあってはならない充満する殺気
「この感じは…いつでも来いっ!」
戸田は武者震いを覚えながらその時を待った




 カツ…カツ…カツ…カツ…


山麓から鳥居まで続く石階段を仕込杖を突きながらあの人物が登ってきた
境内にその足を踏み入れると、視線の先に見つけた人物に向かって言葉をかける
「人間とは愚かなものだ。失ったものなど元には戻せんというのに、わしの元へ集まりよって。しかし、ばら撒いた“噂”は役に立った。…あとは、お前の始末だけだ!式神共よ!」
ぬらりひょんの懐から一斉に解き放たれた無数の式神が戸田を襲い始めた
「これはっ!」
「この式神に全身を覆われたら最後、わしに操られる“式鬼”となるのだ!」
「しき…?」
手にした苦無と鞭で振り払い続けるが、その数は尋常ではなかった
小さな標的の急所が定まらず、ただ闇雲に両腕を振るう



 ガサガサガサ…!

式神が突如右回りに渦を巻き始め、戸田は無意識でその動きを追ってしまった

「馬鹿め!」
(しまった!)

罠に気付くのが遅かった
左側が死角となった一瞬の隙を突かれ、無防備の左腕に式神が一斉に群がる
人形の和紙は焼ける様な熱を放ちながら戸田の腕を締め付けた
(熱いっ…!いつもはこんな使い方しないけど…)
「火遁!…ぐぁっ…」
遁術で火を起し、布のように巻きついた紙を炭化させ、唯一自由のきく右手で懸命にそれを払う
「焼身でもするつもりか…ふん。その非情さが実に素晴らしい…だが、これはどうかな?」
式神の主は袖から霊石を取り出すとある呪文を唱え始めた


「        」


「はっ…!鬼太郎!」
その悲鳴は気絶していた老巫女を目覚めさせ境内へと導いた

そこには居たのは、羽織袴の初老とつい先日まで床に臥せていた忍
身を縮めているその忍の周りには黒い燃え滓と白い和紙が漂っていた

「宙に浮いているあれは式神?…ということはあいつが蒼の言っていた陰陽師か?鬼太郎!そいつから、ぬらりひょんから離れるんじゃ!」
「ほう、年寄は感がさえておる。そう、わしに近づくと“式鬼”になるのが早まる。死期が迫りくる最強の技を思い知るがいい!」
「んあぁああ!!」
「えぇいっ!今、助けるぞ!」
老巫女は、呪文を唱え続けるぬらりひょんから遠ざけよう蹲っている戸田に近づいた
が、昔と違い成長した身体はそう簡単には動かせなかった
「これは…なんじゃ」
真新しい火傷痕の残る左腕の一部が石膏のように固まり、その白い範囲は蒸気を出しながら徐々に広がりをみせている
着こんでいる淡紫着物の袖を引きちぎり、痛々しいその左腕に除霊札を結びつけるとすかさず祈りを捧げる


「一体…何が起こっているんだ」
この場所に、二番目に到着していた地獄童子は、切妻造の屋根から地上の様子を眺めることしかできなかった


「お主の野望はなんじゃ!」
「野望?ふん、そんな温臭い。この世を牛耳るには手下が多く必要でな。式神と“式鬼”使いに関してはわしの右に出る者はおらん。わしらを窮地に追いやりながらのうのうと生き延びてきた忍どもは全員“式鬼”にしてやった。手強かったのは石頭の長老ぐらいだな…やつは式鬼としていい仕事をするだろう」
「石頭の長老…まさか子泣き!?えぇい!なんてことを!」
「…!なんだって!お前が俺たちの仲間を!!ってことは、鬼太郎は何もしてなかったのか…」
地獄童子は老巫女の腕の中で痛みに耐え悶えている戸田を後悔の念にかられた目で見つめた

「さぁ、ついでにここにいるお前らも式鬼となれ。式神らよ―ん!?なっなんだ!」

 パラ…パラ・・・パラパラ・・・・・・

空中を漂っていた式神がその動きを止め、砂利の上へと落ちていく
「式神の力が消えていく!?何故だ!」
「おぉ!これは…待っとったぞ!蒼!」
「待たせたな!」
一番最後に現れた蒼坊主は、手にした六角棒で素早く砂利に札をめり込ませながらぬらりひょんの元へと近づいていった
「その石、もとの持ち主に返した方がいいんじゃないか!ぬらりひょんの爺さんよ!」
「何を!これはわしの物だ!なっ何をする!」
長さのある六角棒を利用し、初老の手の中に納まっていた霊石を弾き落とすと、勢いよく境内の奥へ転がり持ち主から遠ざかっていった
「随分と手荒い坊主だ…ん?」
先の衝撃で出来たであろう小石大の霊石の破片を足元に見つけ、すっ…と懐へと納める
「爺さんよ、場所が悪かったな!」
「なにっ!おのれ…動けん」
無意識のうちに砂利に描かれた五芒星の中心へ誘導され、動きを封じられたぬらりひょんは
「式神共よ、主を守らんか!」
境内に散らばった色とりどりの和紙を一斉に集めた
「よし!これであの爺さんと式神をこの世から消せるぞ!」
己の目で確かめた闇の存在を五角形の空間へ誘導することに成功した蒼坊主は時空移動の呪文を唱え始めた


砂利に埋められた札から眩しい光が発せられる
ここに集まった者たちは確信した
間もなくこの世から闇の根源が消え去ると


ただ1人を除いては


「…てぇ…待てぇ…逃げるな!ぬらりひょん!!殺してやる!!」


「やめるんじゃ!鬼太郎!」
「鬼太郎!!!」


戸田は仲間の静止を振り切り、一目散に光の中に飛び込むと


 フッ…


異空間へ吸いこまれるように一瞬でこの場から消え去った
もちろん闇の根源と共に


屋根から飛び降り、2人が居た場所へと駆け寄る地獄童子
「消…えた。消えたぞ!」
「…おい!鬼太郎がいない!どこじゃ!鬼太郎!!」
「おい坊さん!これはどうなってるんだ!!!」
「砂利に五芒星を描いて時空移動の技を使ったんだ。あの爺さんだけを飛ばすつもりだったが、まさか鬼太郎が飛び込んでくるなんて予想してなかったぜ。2人は同じ時空、500年後のこの国のどこかで生きている」
「なんじゃと!500年後じゃと…なんてことじゃ…」
「鬼太郎…」
老巫女と地獄童子の声が境内に虚しく木霊する


 ・・・


蒼坊主がふと向けた目線の先に、あの霊石が転がっていた
「……そうか!巫女の婆さん、あの霊石をこの社で守り続けてくれねぇか」
「なにをいっとるんじゃ!わしはもう先が短いというのに」
「そいつぁ問題ない。あの石はきっと寿命を延ばすはずだ。俺もちょうちょい肖らせてもらうぜ。おい、若造!ちょっと手伝ってくれないか」
“封じの守札”を両手に巻いた地獄童子と蒼坊主は、社の中庭にある“空祠”の中に霊石を移動させ、その周りに結界札を張り巡らせた

空でなくなった“祠”に向かい、蒼坊主と老巫女は戸田の無事を願い祈祷する

その様子を2人の後ろで無言のまま見守り、握りこぶしに力を込めるだけの自分に情けなさを感じていた地獄童子は、歩き出した蒼坊主の元へ駆け寄ると土下座をし
「坊さん!俺にも何か手伝わせてくれ。俺の勘違いで鬼太郎に悪い思いをさせてしまった。せめてもの償いをしたい!」
と、懸命に頼み込んだ
初対面の少年から熱意と後悔の念を感じ取った蒼坊主は
「そうか…お、確か…お前さんも忍だったよな?ちょうどいい役目があるぜ。覚悟しろよ?」
「もちろんだぜっ!」
霊石の力を狙い“祠”に群がってくる妖怪退治を地獄童子に命じた


「よし!500年後に決着をつけるぞ。それまで生き延びろよ!鬼太郎」


彼らの想いとその願いが悠久の時を刻み始めた


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