◆造波-ぞうは-


雨雲が透明の雫を降らす寸前

 ボタ…ボタ…

穢れのない一色単の砂利に赤黒い雫が降り注いだ
「なんじゃ!?」
神聖な空間を満たす空気を淀ませた“侵入者”の気配を感じ取った社の主は、魔除けの札を懐に忍ばせ境内へと急いだ
不気味な千鳥足が少しずつ近づき、恐怖で足がすくむ
が、そんな必要はなかった
「きっ鬼太郎!?どうしたんじゃ!血だらけじゃぞ!」
躊躇していた時間を悔やむように、主は冷え切った身体の侵入者を優しく抱きしめた
「おばば…ユメコちゃんが…っ!…ユメ………」
「とっとにかく中へはいるんじゃ。おーい。誰かおらんか!」
左顔面からの出血により意識が朦朧とした戸田を、老巫女の声で駆け寄った巫たちが急いで社の中へと運ぶ
老巫女は空を見上げ、雨雲が本来の目的を果たし始めたことを確認してから社の中へと戻っていった


刳り貫かれた左目の処置を施された戸田は、巫らにより神棚の飾られた部屋の中央に横たえさせられた
白装束より白い顔面と今にも消えそうなか弱いに呼吸に自然と気持ちを焦らせる、そんな巫らに背を向けたまま老巫女は
「わしは祈祷を行う。お前らは自分にできることを探し、鬼太郎を支えるんじゃ!」
「はいっ…」
鶴の一声を発し、巫らの戸惑う気を一瞬で引き締め直した


「…っ…」
老巫女の祈祷中、戸田は高温に魘され誰かの助けを求めるかのように無意識に天井へ右腕を伸ばすが、その手は空を切るばかり
額の脂汗を拭い、体温が安定しない身体を清拭し、衣服を脱ぎ着させる
そんな巫らの懸命な世話がしばらく続いた


*


とある霊場の祠に、独特の陰陽道を築き上げ古より生き永らえてきた闇の主と西洋の棺桶が一基用意されていた
天井に空いた穴から差し込む満月の光は棺だけを照らし、主は名の通り闇に潜んでいた

「お持ちしました!ぬらりひょん様〜骸だらけの地面を掘り起こして見つけた貴重な土です!」
「遅いぞ朱の盆。今日はもう下がってよい」
「へっへい。またお仕えさせてください〜」

 ポン…

赤鬼のような角とお盆のような大きな顔を持ち“朱の盆”と呼ばれた手下は、朱色の和紙へ姿を変えると主の懐へと忍びこんだ
「さてと、始めるか…」
石でできた棺に、先日手に入れた忍の眼球と霊場の土、そして人型の古びた和紙を2体入れ、念入りに練りこんだあと、月夜の光を霊石越しに注ぎこんだ
「その秘めた力、ありがたく使わせてもらいますよ…先代のお2人さん…」


闇の主が古の呪文を唱え始めて7日目、下弦の月が夜を照らす頃
「…きたか!」
棺の中で溶岩のように沸騰した茶色の液体から腐った死体が蘇ったかのように人が這い上がり、そのまま地面に降り立った
大きく瞬きをし、肺に空気を入れ、一糸まとわぬ自分の姿を下からゆっくりと眺めた隻眼の少年は、目の前の主と初めて目を合わせた
「上出来だな。お前には特別な使命を与えよう。主の側で主を守り続けるんだ、わかったな」
「……分かりました」
新しく命を授かった特殊な式神は、眼球の持ち主によく似ていた
「まずはお前だけに見せてやろう。これは霊石といってな、命を操ることができる素晴らしい石だ。霊石がわしの物である限り、わしの命は永遠だ。そして、この世はもうすぐわしのものとなる!はっはっはっはっは」
この世で唯一の存在となったぬらりひょんの不気味な高笑いは狭い洞窟内と外の霊場に響き渡り、闇夜に生きる生物を翌朝まで震えさせた


*


「…っ!!……げぼっげぼっ…」
何かに反応したかのように隻眼を見開き、戸田は昏睡していた意識を取り戻した
神聖な冷たい空気は火照る身体には心地よかったが、肺には少し厳しく咳き込んでしまった
「大丈夫ですか?いま、お水をお持ちします」
その音に気付いた見習い巫女が戸田に近寄ると自分にできる世話をし始めた
「…おばば…は…どこ?」
「老巫女様は祈祷中です。代わりに私がお世話いたします」
久しぶりの発声でうまく声がでない
「…僕がここ…にきて…何…日目?」
「もう少しで8日目の朝を迎えます」
「…そうか。こうして…いるうちに…っ…身体が鈍ってしまう」
「あっおやめくださいっ!」
起き上がろうとする戸田を必死に抑える見習い巫女
「もうよいぞ。あとはわしが見る」
「おばば…」
社の奥から現れた心安らぐ存在を前にし、戸田は浮いた腰をその場にゆっくり下ろした


沈黙が暫く続いたあと、老巫女は言葉を選びながら戸田に話かけた
「鬼太郎…このような現状は神のみぞ知ることじゃ。お主が招いたことではない。失ったものは取り戻せないが残っているものはまだ守れるんじゃぞ。わしはお主の味方じゃ。焦らずともよい…おぉ、そうじゃ、蒼にも報せを送らんとな…」


「失った…もの…守れるもの…」


(何か大事なことがあったのに全く思い出せない。僕に守れるものって…?それよりも、あいつを倒さないと…地の果てまででも追いつめてやるっ!)


「…滅するもの」


喪失感よりも今まで感じたことのない恨みが戸田の心を蝕み始めていた


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