凪-なぎ-


「なにあれ?空から何か落ちてきてる…」
「飛行機にぶつかった鳥の群れなんじゃない?面白うそうだから撮ってさっそく呟こう〜」
遠く見上げた青空に突如現れた黒い物体が重力で落下する様子に遭遇した通学中の女子高生たちは、多機能携帯電話を使いこなし身近な“情報”を発信し始めた


500年前―
人々が死にもの狂いでかき集めていた“情報”は、
500年後―
科学技術の爆発的な進歩と社会の複雑化などにより“情報”自身が淘汰される時代へと大きく変化していた


木造建築物や仏像などの文化財が多く現存し風情の残るかつての都は、目的は違えど今も昔も訪れる人は後を絶たなかった
その古都から少し離れた山麓に、現存している懸造りの建築物
過去の災害で一部が焼け跡となったその建物の仏間に薄らと煙管の火が灯ってる
電力も水源もないこの場所を数日前から住処としているある一味の主は、年代物の器に灰を落としながら愚痴や不満をまき散らしていた
「もう3日だ。未だに“あの”場所がわからんとは…手元にあるのはわずかな破片のみ...このままではわしの力は廃り、時と共に老いていくだけだ…何か策を講じねば…」

フゥ――・・・

煙管を手に添え深く息を吸い込み、煙を吐いてからもう一度咥え直す
懐から朱の和紙を3枚出し朱の盆を3体呼び出したぬらりひょんは、目下に広がる渓谷を眺めていた高山に声をかけ自分の方へ手招いた
「わしは時止めの結界を張りしばらく休む。お前は朱の盆と一緒にこの時代を調べてこい。いいな」
二つ返事で引き受けた4体の下部は、主の眠りを確認した後、これからの行動について簡単に相談した
「ん〜調べるってどう調べたらいいんだ?ま、この辺りをまずは調べるかな」
「わかりました。朱の盆さん、僕は滝壺の方に行きたいのですが」
「滝壺?随分遠くへ行くじゃないか。じゃ、おいら達は森にでも行こうかな。あ、くれぐれも濡れるんじゃないぞ」
「わかってますよ。それじゃ、行ってきます」

高山は朱の盆の忠告通り川沿いを歩いて、今の住処より少し離れた滝壺へと向かって行った
「凄い…」
滝壺へ流れ落ちる豪快な滝は、勢いを緩めることなく下流の渓谷へと流れ続けている
厳しい自然により造り出された奇岩が渓谷を囲み、その険しさは近寄る者を拒んでいるかのようにもみえた
「ん?あれはなんだろう?」
滝壺から少し離れた荒い岩が連なっている川岸にある黒い塊
そっと近づいてみると
「…人間」
その塊は腕を頭上にし俯せで倒れている人間だった
上流から流れ滝壺に落ちたのか、あるいは渓谷から滑り落ちたのか、身に着けている古臭い衣類は至る所が擦り切れ、露出している肌は赤黒変色していた
高山は、俯せの人間を一度仰向けにしてから脇の下を抱え両脚を水面からゆっくりと引き上げ、川岸に横たえさせた
輪郭はやや甘く子供っぽさが抜け切れていないその人間は、瞳を固く閉じ眉間に深い皺を刻みながら、苦しそうに浅い呼吸を繰り返していた
「死んではいなさそうですね…」

高山が接したこの人間
高山の主であるぬらりひょんと共に500年前の時代からこの現代に飛ばされてしまったあの戸田であった



ポツ…ポツ…ポツポツ…

「あ…」
突然の雨が2人を襲った
高山は朱の盆の忠告を思い出し、この場を去ろうと川岸奥の森林に向かおうと足を向けた
が、戸田のことが気になってまた同じ場所へ戻ってきた

ザ―――…

少しずつ強くなる雨脚
これ以上、雨に濡れることは命に関わる、と感じた高山は周りをくまなく見回し何かを探した
そして、林の中におんぼろの小屋を見つけた高山は、意識のない死にかけの戸田を抱えその小屋へと避難した

数十年は使われていないであろう3畳間の狭い室内
寝床と思われる場所に戸田を寝かせると、暖がとれるものを探した
小屋の隅に燃え尽きた木炭が残った囲炉裏を見つけると、落ちていた火打石を使って火をおこし始めた
が、水気をたっぷり含んだ炭になかなか火がつかなかった
高山は自分の髪を毟り取りそれを火種にすると、今度は勢いよく炭に炎が燃え移った
高山は身に着けている衣類を全て脱ぎ、身体を乾かしたあとに衣類を乾かし、その布で戸田の冷えた身体を拭いた



「…っ…ぅ…」

(雨…の音がする。体が・・・自分のじゃないくらいとても重い。動か…ない。熱で…目がかすむ…ここは…どこだ)

「…すぅ……はぁ……ゲホゲホゲホ…」
僅かに残っていた力を振り絞り、肩で小さな深呼吸をした…が咽てしまった
「…っ!」
額に冷たいものが置かれ、薄ら目を開けると目の前に“人”がいた
「誰だ…何故…助ける…」
「助ける?さっきまで冷たかったんですけど、今度は熱があったから冷まそうと思って。あれ?その腕の布…どこかで…」
高山は、薄汚い淡い布でまかれた戸田の左腕を触ろうと腕を伸ばした
その動きを瞼の裏で感じとった戸田は、急に起き上がり立膝で攻撃の構えをとった
「…何をするっ!…ぅぁ…」
俊敏な動きが弱った身体に眩暈を引き起こさせ、意識を失った戸田の身体は高山目掛けて前のめりに倒れこんだ
「…身体が熱い…ですね。“人間”は熱いと倒れるんですね」
高山は戸田の身体をもう一度横たえさせると、額から一度落ちた冷たい布を再度のせ

ザァ―――…

囲炉裏の前で湿気を吸い形の崩れた両手を整えながら、雨が降りやむのを待った


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