◆高波-たかなみ-


地下特有の薄暗い室内
薬の効果で眠り続ける戸田は後ろ手械をつけられたまま部屋の中央で横たわっていた
昨夜から12時間が経過し、1階では開店にあわせて酒の仕入れをし始めていた
そして、しばらくして、彼にも“今日”が訪れた
「・・・」 
隻眼を見開き、何もない室内を見渡す

 この部屋に連れてこられたことだけは理解した
 身体が冷えてる
 どれくらい、ここにいたのかはわからない
 ただ、冷たい灰色の床が俺の体温を奪っていくのに十分なくらいはここにいたはずだ
 頭痛がする・・・

ギィ・・・

部屋の扉が古臭い音を発しながらゆっくりと開くと、2人の姿が現れた
逆光で顔は見えない
ゆっくりとした足取りで戸田に近づき、1人の男はこう話しかけた
「おめぇ、人殺したことあるだろ」
「っ・・・(声が頭に響く・・・)」
「あったら頷け!」

 …コクン

「っ!やっぱり人殺しなんだっ・・・こいつっ・・・」
付き添いのもう1人の男がガタガタと身震いをする中、男はこう話を続けた
「暗殺して欲しい奴がいる。成功したら俺たちの仲間に入れるぞ」
「・・・仲間?その話、断るとしたら?」
「何ぃ!?断る?黙ってられね!お前にそんな選択肢はねぇんだ!」
「俺には殺す理由がない」
「ボスの命令だ!」
「…俺は誰にも従わない」
「このぉ!」
感情的になった身震い男は、上着に仕込んでいた銃で彼を威嚇しようとした
が、
「ひっ…!」
「こんな遅い動きで…俺に指図とは」
手械を破壊し男の首元に苦無を当てた戸田の動きが勝った
「・・・フゥ」
呼吸を整え、ゆらりと立ち上がった忍の顔は、冷酷な鋭い目付きへと変化していた
扉へ向かって歩き出す彼の姿をみて、最初に声をかけた男はなおも話を続けた
「っま、待て!暗殺の返事を聞いてねぇぞ!」
「ッ!!」
 
 カーン!!!

まるで断りの返事をしたかのようにコンクリート壁に高音をたて突き刺さる苦無
緊迫した空気が充満した室内には、忍以外の男しかいなかった
「くっそ・・・逃がしたか。ボスへの報告はどうする・・・」
「・・・っ・・・しっ死ぬかと思った・・・」
勧誘に失敗した男は任務失敗に対して悔しがり、身震い男は腰抜け男とかしていた


繁華街を抜け出した戸田は、ここ数日根城にしていた蔵へと戻った
手早く一張羅に着替え、保存食と武器を身にまとい終えると、大の字になり寝そべった

 束の間ではあるが、我を忘れていた
 俺としたことが感情に左右されてる
 くっそ・・・ 
 秋の終わりは陽が暮れるのが早く、川辺は暖が難しい
 ・・・でも、ここに留まる理由はない

戸田は夜を待ち、勘だけを頼りに洞窟や社のある場所を求め移動を開始した
目的地はない
ただ、“何か”をしていれば“何も”考えなくて済む
無心のままひたすら木々を飛び移っていった


*


数日後、昼間
「兄ちゃん、何してんの?」
川で左腕を冷やしていた戸田のところに幼い少女が声をかけてきた
「怪我したの?」
「いいや、大丈夫さ。ちょっと熱っぽかっただけ」
「お熱?!大変!おばあちゃんに見せてあげるね!こっちにきて!」
「おおっそんなに引っ張らなくてもっ」
少女に強制誘導されるがまま村に立ち寄ることとなった

少女の祖母らしき人は微熱を持った左腕にお祈りをささげ、その他の村人たちもまた見ず知らずの戸田に寝床と食糧を分けてくれた
「今日はここで休んで下され、わしらの出会いも何かの縁じゃ」
「ありがとうございます」
彼らの雰囲気と接し方が少しだけ懐かしい
不慣れな暮らしを強いられ、口調もやや荒くなっていた過去を思い出しながら、瞳をゆっくり閉じる
「自分を見失っては駄目だ。人間同士、助け合わないと」
しかし、数時間後、そんな思いは一瞬の内に崩れ去るのであった


「・・zzz・・」
久しぶりに平らのところで身体を休めた影響か、床についた瞬間に戸田は寝入ったようだった
その様子を襖の隙間から覗く村人達
「ぐっすりお休みの様じゃな」
「随分と疲れたんじゃろ…さて、このまま永遠に眠りについてもうらおうかのう」
ある老父は多機能携帯電話を懐から取り出し、とある番号を入力し
「もしもし!例の男ですよ!今、家で休んでます。早く賞金を持って来てください!」
ガラッ!!  ボフッ・・・
とある老人は勢いよく襖を開け、草刈り鎌で寝床を襲った
「刺した感触がねぇ・・・んん!いねっ!いねぞー!!賞金が消えた!おめえら探せー!」
「探せー!」
村人は叫びながら一斉に寝床から去り、目当ての人物を探し始めた
天井に張り付いたまま一部始終その様子を伺っていた戸田は、息を殺すのに精一杯だった
(何故だ!分からないっ)
物音立てず外へ移動すると、松明をもった村人らが血眼になり、戸田を探しまくっていた
異様な光景に言葉がでない
(こいつら・・・狂ってる・・・)
そのまま暗闇の中へ姿を晦ました・・・つもりだった
「兄ちゃん!どこいっちゃうの?ここがそんなに嫌?」
「!!」
松明すら持たないあの少女に戸田は姿を見つけられた
少女のうるう瞳が戸田の隻眼を捉え、無言で訴えてかけてくる
「助け・・・ぅうぅ・・・」
少女は泣きながら言葉を続けた
「助けて・・・あげたじゃん!だからっひっ・・・私たちも助けてよ!逃げないで!おとなしく捕まって!」
 ビュッ!!
「・・・(俺を人質にする計画だったのか。子供は正直だ)」
「賞金をもらったらっ・・・こんなところから出てって、みんなで都会にいくの!そして幸せになるの!!だからお願いぃい!捕まってよ!!」
  ビュッ!! ビュッ!!
少女は両手で持った草刈り鎌をただただ振り回していた
ただただ・・・
その姿は哀れでしかなかった


翌日、襲われた村からさらに南下した村に立ち寄り、村人に変装し己の情報について探ってみることにした
日中は田舎暮らしそのものだったが、夕暮れになると集会場へ村人らが集まっていった
狭い空間では素性がばれやすい、そのため戸田は集会場の床下に潜りこみ彼らの会話を盗み聞くことにした
黒背広を羽織り黒眼鏡をかけた男が一段高い壇上に立つと、村人らはその黒い男に対して一列に並び出した
男から封筒を受け取り、その中身を確認した村人らはぐっとこぶしを握っている
(金か?)
「先日、北の村で目撃されたようだ。ま、捕まえ損ねたそうだがな。お前らにもチャンスはある。今日の報酬は以上だ、今以上にいい情報を送信してくれ」
「気前いいな旦那!」
「今までどおりの生活をしているだけで懐が潤う」
「早く忍を見つけ出し、国から大金をもらうんだ!」
「いいか、忍らしき人物がきたらもてなすんだぞ!もてなしてあの世行きだ!」
(・・・)


辺りが静まり返った丑三つ時、戸田は風を切るように暗い夜道をひたすら走った
ひたすら走った

・・・

「はぁ…はぁ…っ…くっ…」
吐息が響く洞穴の奥に、口から泡を吹きながら横渡っている森の主
その隣で激しく上下する勝者の肩
彼の右肩からは鮮血が滴り、溜まりが湿った土をさらに湿らせ始めていた
岩肌に生えた薬草を傷にあて、まだ動けるうちにとさらに奥の地底湖から水を汲み、主の毛皮で簡単な寝床を作った

パチパチパチ・・・

熾した炎を眺めていると、今までの出来事が走馬灯のように甦ってきた

 ポタンで灯りが灯り、1日中照らし続ける
 人ではなく、小さな板に向かって会話をする
 通貨が命よりも大事
 情報に淘汰され、疑心暗鬼の日々

「一体ここは何処で、何故こんなことになっているんだ…」
赤黒く荒れた右手がガタガタと震える
「この先どうすれば…」
額にはジワジワと脂汗が滲み出し
「…おじじ…おば…ば…」
隻眼の目尻に雫を溜め
「もっと力があれば……霊…せ……ぃ……」
そのまま意識を手放した


翌々朝
洞穴の入口に、頭部のない鴉の死骸が無数に広がっていた
しばらく経たないうちにまた一羽、また一羽と同じ場所に落ちてくる骸
 ボタ・・・ ボタ・・・
木の上に見えているのは、闇雲に苦無を振り回し、一突きで生を奪い去っている忍の姿だけだった
この光景は幾日も続き、森の住人達の姿はすっかり消え去っていた
「ぅぐぅっ・・・ん・・・」
痛む左腕を右手でぐっと押さえつけ、息を殺す
その表情はまるで、生きた屍のようであった


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