◆水遁-すいとん-


晴天に恵まれた“忍者の里”リニューアルオープン初日
子連れの家族らが賑やかな笑顔を振りまきながら入園してくる
忍者用品の出店が立ち並ぶ屋敷前の大通りでは、
「パパ〜手裏剣がほしい!」
「僕は刀!かっこいい刀が欲しい!」
低学年の児童らが玩具の手裏剣や模造刀などにさっそく目を輝かせていた
「・・・武器を買うだと?!受け継がれる意思もその権利も無い者がっ!」
玩具という概念がない戸田は、“武器”の売買が目の前で行われている事に憤りを感じていたが、
「(同じ人間であることが恥ずかしい)・・・いや、同じじゃない」
「・・・所詮こいつらのやっていることだ、下僕と思えばいい」
怒りを殺し、気を沈ませる
自分の常識が通じない彼らに何も期待してはいけない、と、心の奥底から込み上げる冷酷な感情が戸田を支配し始めた

それはともかく
「・・・さてと」
今日からは“忍者の里の忍”を演じなくてはならない
窮地を救ってくれたあの男の・・・そう、ただあの時の恩を返せればいいのだ
不満などは心の内にしまい込み、指示されたことを遂行する
「最初の指示は、大通りの端にある池の周りを足音をたてずに歩くこと、か」

 … … …

直径約1mの蓮が群生しているやや大きめの池に移動し、その周りをほんの2〜3歩、静かに歩いた
ただそれだけだった
「本物の忍者だ!」
「ドロンって消えるの?」
「すごいボロボロの服!修行してきたんだ!」
戸田が姿を現したとたん、興味津々の児童らが一瞬で彼の周りに群がりはじめた
「僕も触りたい!」「私もっ!」
(困ったな。これでは身動きがとれない。相手は子供か。よし、水遁で)

チャポン…

「あ!池から音がした!…あれ!?ママ〜忍者が消えちゃった!」
「いなくなっちゃたぁぁぁっ!わぁぁぁわあぁああ!」
戸田は遁術の一つである水遁でわざと池に水音を立てて子供たちの注意を自分からそらした
(ふぅ・・・長時間姿は現さない方が身のためだな)
冷や汗だらけで生きている心地がしない、そう思った戸田は林の中にそっと姿を晦まそうとした
「おっっと、逃げるなよ〜俺様の恩を忘れるな」
「はぁ…わかったよ・・・(行動を監視されていたか・・・)」
「ため息だぁ?なんだ、子供は嫌いか?」
「嫌いじゃないけど…いや、あまり得意じゃない」
「ほ〜らみろ。お前の顔にそう書いてあったのよ。次は〜綱渡りで屋敷へ侵入する演技の時間だな。ほれほれ行った行った!」
「・・・」
次に戸田は敷地外の大木から屋敷に延びる1本のワイヤーの上に飛び移った
眺めのいい上空からは、家族連れや友達同士の姿が嫌でも狭い視界に映り込む
「子供は嫌いじゃないよ。でも、今はこの光景が辛い…速く渡ってしまおう」
忘れかけていた寂しさを思い出す前に、と、伏せ目がちになりながら最速で綱を渡りだした
「あんなに細い綱をよくあの速さで渡れるな〜」
「忍者さんってすごい!カッコいい!」
忍装束で口元を覆っていることもあり、一際険しい戸田の表情が綱渡りの過酷さを演出することとなった
「はえっ!」「すごい修行をしてるんだな」「子供たちも喜ぶわ!」
「あ…あの人・・・」
「いったい誰だろうね!」「普通の人でしょ?」
関心する親子に紛れて、忍の動きを戸田と認識した人物がいた
それは施設の遠足で来ていた高山だった
 
 あの時と同じ服…?あれは、室町時代の忍装束?
 図書館で何度も何度も目にした歴史的な衣装が日光に照らされよく見える
 あの人が代々忍の家系だとしたら、当時の使命も受け継いでいるのではないだろうか
 あの時の答えが知りたい

戸田の姿はすでに屋敷内に消えたというのに、まるで屋敷の中の動きまで追っているかのような強い眼差しを向け続ける高山だったが、施設職員に誘導されながら、渋々その場を後にしたのだった

 … … …

正午過ぎには、メインイベントである忍者ショーが屋敷内で始まった
多数の忍者や最先端の仕掛けがより臨場感を
照明や音楽の演出が最高潮の雰囲気を
そんな完成度の高い室内を素早く移動し、100%の命中力で本物の苦無を操る主演の戸田
もちろん身体をつるワイヤーなどは存在しない
「あいつすげーな!一体何者なん−」
「お前にしては、ぴったりの役を見つけたもんだな?」
「っ!でっでしょでしょ園長さん〜臨時お手当待ってます〜」
華麗な動きは舞台袖から見守る主催者側ですら見入ってしまうほど
子供でも理解しやすいストーリーと大迫力の殺陣は、予想以上の大成功
興奮冷めやらぬ観客は、15時からのチケットを買うために駆け足で出口に移動し始めていた
その流れとは逆に、舞台側へ足を進める少年が1人
彼もまた興奮していた
演技ではなく、その存在に
舞台幕の裏側へ戸田が移動したのを確認した後、高山も舞台によじ登り幕の近くで声を発した
「あの、幕越しに失礼します。あなたに一つ聞きたい事があります」
「俺に?」
「はい。あなたは主の命令で命を絶つことができますか?」
「…」
高山の声がいつもより少し高い
そして余程余裕がなかったのか、単刀直入に話を切り出していた
「あなたは奇襲攪乱を得意とした室町時代を生きた忍の子孫ですよね。その当時、忍は命を捨てて主の為に全力で尽くす、と耳にしました。だからあなたも−」
「命は捨てるものではない。守るものだ。」
「え・・・守る?」
「たとえこの身体が滅びても、授かった命を無駄にはしない」
「…」
「聞きたいことは終わったか?」

 タッタッタッタッ

言葉の代わりに立ち去る足音が返事を告げた
「一体誰だったんだろう・・・どこかで聞いたことがあるような声だったな」
「お前、幕と話して楽しいか?何してんだ?」
「ん?あ、お前か」
「恩人に向かってお前とはなんだ!お前とは!まぁいい。しかしスゲー歓声だぞ!見事なもんだぜ!15時からもヨロシクな!さてと、食堂で飯でも食うか!」
「ぉっ・・・おぉ・・・」
戸田はどことなく腑に落ちないながらも、上司に言われるがまま食堂へ向かうことにした


***
**
*


開園から多忙な日々が続いた
本物の忍が演じた実演ショーは、口コミもあり閉演する10月まで超満員
寄せ集めのバイト諸君らにも臨時手当が支給されるほど繁盛し皆心が浮かれた

11月のある日
一番の稼ぎ頭であった戸田は、上司のねずみ男に誘われ街一番の歓楽街にきた
日焼けでやや赤みを帯びた髪に、上司に仕立てられた白背広を羽織ったは小僧は通行人の視線を独り占めにしていた
「この服装は普通なのか?みんなの視線が痛いぞ?」
「な〜にいってんだ!お前が稼いだお金で俺様が特別に仕立てた高級な代物だぞ!そこらへんの外道からしたら羨ましいんだろうぜ!世の中金だ!金!金で買えないものは何もないんだぜ?ほれ、今日はここでがっぽり金を増やすんだ」
「ここ?」
2人が向かったのは、激しく電飾された遊技場であった
室内はけたたましい電波音が鳴り響き、客は皆備え付けの台に向かってボタンを押している
笑い声など一切なく、殺伐としている
(不必要に五月蠅いし、強い光がこんなにも。ゲホっ・・・煙たい)
高設定の台を見つけた上司は後輩を隣の台に座らせ、遊び方を指南する
「金をいれて出てきたメダルを入れてだ、ボタンを押して7が3つ揃ったら教え―…」
「おい、7が揃ったぞ」
「っておい!ビギナーズラックにも程があるぜ!しかも天井からのスーパービッグじゃねーか!」
(またよく分からない言葉を使って…)
遊び方を知らないければ、興奮も何も感じない
上司に言われるがまま3つのボタンを順番に押すだけで、銀の硬貨が受け皿に沢山でてくる
そして、ここでも店内の視線を浴びるはめになった
小一時間後、換金を終えた2人の会話
「どうも僕にこの場所は合わない」
「そう言うなよ。その動体視力が活かされるってのに…(うはぁ〜1000円が○万円になってかえってきた!俺様感激☆)って痛っ!おい鬼太郎、何すんだっ!っ!!!!!ひっひぃ〜鬼太郎ちゃんお助けっ!」
「なんだっ!?」
いつの間にか彼らの背後に、黒眼鏡をかけた大柄の男が1人立っていた
男は長いキセルでねずみ男の肩を叩きながらこう話を続けた
「おいおい・・・なんだとはひどいぜ。ちょっといいか・・・お前の座った台、俺が15(万)つぎ込んだ台よ。それを1発目で引く当たりがあるか?どう考えたって俺のお陰だろ。つまり当たりは俺の当たりで、その換金は俺のもんだってことだ。だからその数えてる金を渡しな!」
「…ねずみ男、この人は何を言ってるんだ?」
「俺たちの金を…ひぃ〜横取りするって…フゥ--フゥ--…言ってるんだ」
「金…横取り…」
「いいから寄こせってんだ!」
「!?」
男は目の色を変え刃物でいきなり2人目掛けて襲いかかってきた
戸田は備わっている身体能力で攻撃を俊敏に交わし、手首に仕込んでいた苦無を構え狙いを喉に定めた−その時だった
「おい鬼太郎!殺すなよ!絶対だ!」
「っ…くそっ」
「うっ!?」
ねずみ男の一声で苦無をしまい、男の鳩尾に肘入れをした
「何故止めるんだ!いきなり命を狙われたのに」
「こいつはやくざの下っ端だ。殺したりしたら俺らの命が危ねぇってば!っはぁ・・・はぁ…あれ、もういねぇ・・・行ったか。…いいか、鬼太郎!この世は金なんだぜ!命を助けてもらうにも金が必要なんだ」
「自分の身は自分で守る」
「はぁ〜その古い頭ん中。まぁいい。快楽を味わえば金の良さってのがわかるっちゅうもんだ。ささっ次に行くぞ〜」

性懲りも無く次に向かったのは歓楽街の奥地にある高級な扉が備わった接待飲食店
薄暗い室内では蝋燭の火が艶かしく揺れている
2人が案内された長椅子は腰が沈みすぎるくらい柔く、そして女の匂いが染み付いていた
しばらくすると長身で細身の女性が彼らの間に座り込んできた
「あら〜久しぶりじゃない〜社長さん〜ずっと待ってたのよ。あたしのア・ソ・コも〜」
「うひょひょ〜♪」
「(今度はなんだ。色仕掛けか?)」
「あら?今日は可愛い子も一緒なの?こっちも可愛いのかしら〜」
「!!?(見ず知らずの女子に何の前触れもなく性器を触られる!?)ちょっちょっと―///」
「おっと…鬼太郎いいか。俺様の顔を潰すんじゃねぇぞ?言われるがままにしろ」
「くっ・・・///」
「はい☆では乾杯♪」「乾杯〜くぅ〜うんめぇ酒だ!ほらお前も飲み干せ!」「・・・グビグビグビ」

 理不尽な世界だ
 とても受け入れることはできない
 ・・・あれ?ねずみ男はどこにいった?
 天井がやけに暗い・・・
 姿を晦ますにはそこが・・・いいな・・・
 な・・・んだ・・・急に・・・眠気が・・・  

 バタ・・・

「・・・こいつ寝たわよ。早くつれてって。営業妨害だわ!」
「そんなに怒んなよ。さて、でもいきますかね。俺様の次のビジネスのためさ。悪く思うなよ、鬼太郎」
ねずみ男は睡眠薬入りの酒で意識を手放した戸田を軽々と肩に担ぎ、さらに薄暗い地下室へと運んでいった


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