陽炎-かげろう-



出店が数多く並ぶ町内の小さな神社は、浴衣を着た家族連れや初々しくデートをする思春期の生徒たちで賑わいをみせていた
夜空を鮮やかに彩る花火は、人の心をいとも簡単に魅了する

日中は、クーラーのきいた涼しい図書館で読書を楽しむ人も多い
読書感想文を書いている小学生の中で、「現代記」と「広辞苑」と書かれた分厚い本を読み比べながらノートにメモをとっている男子生徒が一人
彼は、数日前からこの場所によく来ては、今日と同じ本を読み漁っていた

 ゴーンゴーン…

17時
営業終了時間のベルが鳴るのと同時に駐車場に一台の軽自動車が止まった
運転席から降りてきた動きやすそうな運動着を着た40代の女性
そのまま図書館に入ると近くにいた職員に声をかけ、その職員はあの彼に声をかけた
「鬼太郎くん、迎えがきたみたいよ」
「はい。今行きます」
鬼太郎と呼ばれた彼は、読んでいた本を元の場所に戻したあと、職員に声をかけて運動着の女性と一緒に車に乗り込んでこの場を去った

車の行先は、町内の児童養護施設だった


**


雨があがったあの日、小屋の火種を絶やさないよう薪を足してからその場を去った高山は、アジトに戻るとすぐさま朱の盆らに囲まれた
「帰りが遅くて心配したぞ!身体は…大丈夫そうだな」
「それよりも聞いてくれ!ナイスアイディアが浮かんだんだぞぉ!」
「おいらもいいこと思いついたんだ!」
自分の帰りを待ってくれた仲間にどう反応してよいか困った高山は、仁王立ちのままその場の流れに身を任せることにした
「お前さ、おいら達よりも比較的人間に近い姿をしてるだろ?だから、人間の世界に溶け込んでこの時代のことを探ることができるんじゃないかって考えたんだ!」
「人間の世界ですか?興味はありますけど・・・」
「そうだろう?お前は頭がいいからきっとうまくいく」
「そう思う」「うんうん」
「朱の盆さんたちはどうするんですか?」
「おいらたちは交代でぬらりひょん様の護衛と、仲間の式神たちを連れて北と南の片っ端から霊石を探し当ててみようかなと」
「・・・分かりました。やってみます。あと…あの…朱の盆さん、ひとつだけお願いがあります。僕に“名前”をつけれくれませんか?」
「名前?あ、そういえばお前には名前がなかったな〜ん〜あいつの名前ってなんだったっけ?」
「あいつって?片目の忍のことか?」
「ん〜なんだったかな〜婆さんが叫んでいたんだよな〜」
「き・・・き…きたろうだ!鬼太郎」「そうだ!そうそう鬼太郎だ」
「…鬼太郎…ですね。ありがとうございます」
高山についた名は本人とその仲間達に違和感なく馴染んだ


その翌日、高山は近くのバス停に停車していた旧式のバスに乗り込み終点の営業所まで無賃乗車した
運転手が何を言っても「わからない」の一点張りを通した高山は警察へ連れていかれ、そのまま養護施設へ引き取ってもらう形で、人間の世界に入り込んだ
「鬼太郎くん、これからはよろしくね」
「…」 ペコリ
施設長から名を呼ばれ挨拶をされたが、適切な返事がわからなかった高山は浅く一礼した

でも
偽りでも名前があってよかった
と、高山は感じていた


**


18時
夕食の時間は、施設内の住居人が全員食堂に集まる
いただきますの挨拶が済むと、出来たての食事をほぼ全員が美味しそうに頬張りはじめる
「鬼太郎くん、また食事いらないの?」
「はい。ええと…お腹がいっぱいですので」
「いつどこで食べてくるのかしらね。週末は皆で一緒にお出かけするから、食事も一緒に食べますからね」
「はい。わかりました」
消化管を持たない式紙の高山に人間の食事は必要ない
そんな事情を知らない施設の職員に、高山が人間でないと感づかれては意味がないため、必要に強いられたときは食事を口に詰め込み、後で吐き戻すこともたまにやってみせた
人間の世界に溶け込むための努力は辛くも何とも感じなかった


21時
消灯の時間
睡眠を必要としない高山は、この時間になると自分用のベッドに横たわり、図書館でメモをとったノートを見直していた
現代記を読み込んだ分、人間の暮らしや文化は理解した
広辞苑を読み込んだ分、言葉の意味も理解した
でも、理解できないことが1つだけあった
それは、人間の命のあり方
生きた時代によって、あまりにも異なりすぎるそれに、高山は困惑し続けていた


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