煙霧-えんむ-


雨が去った翌朝、天井の隙間から差し込む眩しい陽の光で戸田は目を覚ました
横たわったまま狭い室内を見渡しある人物を探したが、その隻眼に映ったのは埋火のくすぶる囲炉裏だけ
「火の管理をしてくれたのかな?あとで礼を言わないと。さてと」
世話を焼いてくれたあの少年に感謝しつつ、打撲の痣が消えかかった四肢に少し力を入れ、ゆっくりと動かしてみた
「関節がちょっと痛むけど、捻挫や骨折はしてなさそうだ。大丈夫だな、歩けそう」
身体の状態を確認してから、寝床に両手をつき腕の力で上半身を起こしたあと、地面に両足をつき立ち上がってから屈伸を1回、そして「よしっ」と、気合いの声をだしてから壁伝いに足を進め小屋の外へ出た
森の中は、草木に伝う雨上がりの雫が陽の光を反射させキラキラと輝きを放ち、幻想的な場所と化していた
森奥の方に河原が見える
「あれ?川があんな遠くに。この小屋、造りが似てたから僕の作ったものだと思っていたけど違ったんだな」

 ミーンミーン ミーンミーン
 ジジジジジジ

蝉の音が輪唱する森の中を暫く歩くと、真新しい“石階段”を見つけた
「随分綺麗な石階段だ。この赤い手すりは…っ木じゃない!硬い石?しかもこんなにも長く…すごい職人が居るんだな」
コンクリートで出来た階段を赤染料で塗装された鉄製の手すりをつたって最上段まで一気に上ると、目の前に広がる見たことのない景色に戸田は言葉を失った
「これは・・・一体・・・」
切り開かれた森、土とは違う固い素材の灰色の地面、一定の間隔で生えている灰色の柱
そして、森の向こうからけたたましい音をあげこちらに向かってくる“謎の塊”

 ブォォォォン 

乗客を乗せた旧式の路線バスが煙たい排気ガスをまき散らしながら、戸田の前を一瞬で過ぎ去っていった
「ウェッゲホゲホ…変な臭いっ。あの塊の中に人がたくさんいたけど、あれはなんだったんだろう?僕は変な夢を見ているのか……ゆめ?…ん、駄目だ!思い出せない!!」
頭を両手で押さえながらその場に蹲ったが、

 グゥ・・・

「あ・・・」
取り乱した心を腹の虫が平常心へと戻した


幅の狭い川で魚を数匹獲ったあとに小屋へ戻り、埋火から火を熾しては新鮮な食糧で空腹を満たした
精神統一を図り気を休めた後、思い出したかのように左腕に巻かれた布を取り外してみた
「これが呪い・・・か」
“式鬼”の呪いをかけられ火傷痕の残る腕は、手首から肘関節までの3分の1が石膏のような白い塊と化していた
血色は悪いものの動きは問題なく、焼けるような痛みは今はない
握った拳に力を込め、
「早くあいつを見つけ出さないとっ!」
と、決意を新たにした
白肌に除霊札をあて、その上から淡紫の布を、さらにその上から傷みの激しい自身の衣類を被せ、本業の時を待った


*


夏にしては珍しい涼しさと静けさの夜に、若干の違和感を戸田は覚えた
「忍の気配が全くしない。それに真夜中なのにあの場所、あんなに灯りが…こんな夜は初めてだ」
鈍い方向感覚のまま、闇を照らす場所へ夜風を切るようにして向かった

身体が温まり始めた矢先、飛び移る木々が急に姿を消し、開けた大地に見知らぬ大きな屋敷が現れた
屋敷の周りには等間隔の白の灯り、屋敷の中からは緑や赤の灯りが見え隠れし、そして
「・・・誰かいる」
戸田の目は灯りに映しだされた黒い人影をもしっかり捉えていた


屋敷の壁を背にしたまま首だけを動かし窓の隙間から中の様子を覗きこむと2つの人影があった
1人は壁に立て掛けた畳に手裏剣を投げ付け、もう1人は紐の手入れをしながらこんなやり取りをしていた
「ってかさ、この手裏剣全然刺さんないんですけど〜週末まで間に合うわけねーだろ。俺は夏休みだけの短期バイトだってのにさ」
「仕方ないだろ?忍者のバイトなんだから。ほら、しっかり練習しろ!」
「ったく。本当に忍者なんていたのかよ〜ご苦労なこったぜ」
忍者のバイトを請け負ったと思われる男子学生らが愚痴をこぼしながら週末のショーで披露するであろう忍術の練習をしていた
もちろん、忍者役という職業の存在について戸田は知らない
「何について話してるかよく分からないけど、分かったことはこいつらは忍じゃないってことだけだな。でも忍の真似をしている?一体何のために?この屋敷、もっと調べる必要がありそうだ」
案の定この屋敷に興味を持った戸田は、一番近い高木へと移動し翌朝まで身を休めることにした


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