引き波-ひきなみ-


吹き荒れる寒風により丸裸にされた木々の間から、冬籠りの準備をし始めた動物たちの姿が見え隠れする
姿を現したその一瞬の隙を狙い
「そこだっ!」
威勢のいい声を発し、山奥に木霊したその声が消える頃、狙った獲物が地面に横たわる

戸田の“苦無”で狙われたら最後、光を見ることは誰もできない

身長より長い襟巻を器用に使いこなし、木の枝に巻きつけながらの素早い移動と生け捕りを得意とする地獄童子もまた戸田に劣らない腕の良い忍の一人
歳が近い2人は、阿吽の呼吸で獲物を仕留め続けた

日が暮れはじめた頃
「ま、こんなもんかな。そろそろ日が落ちる頃だから里へ戻ろうか」
「そうだな。戻ったら俺たちの頑張りを褒めてほしいもんだぜ。それと鬼太郎、前から言おうっと思ってたんだけどお前さ、左の前髪いい加減切ったらどうだ?」
「いや、これはこれでいいんだよ。おかげで獲物が狙い易いんだ」
「照準器かよ。じゃ、俺も前髪伸ばしたら幽子の心を狙えるかな〜」
「それはどうかな!先行ってるぞ」
「なにっ!おい待てよ!!」
そんなたわいもない話をしながら2人は帰路へ着いた


*


時を同じくして薄暗いとある洞窟では、古めかしい羽織袴に身を包んだ2人の初老が岩に腰かけ何かを言い争っていた
「少し事を急がせすぎたのではないですかね?先代さん。わしらの動きに気付いた輩がいるとの噂を聞いいましたよ。せっかちな性格は昔から変わらんようですね」
「2代目よ、先代のわしに向かって随分と上から物を言うな…茶ばかり嗜みおって!」
「お茶は出身地を絞るのに最適ですよ。先代さんも、ほれ、どうですか?」
「ふん、いらぬわ。呑気な奴め」
「しかしですな、わしのおかげで秘密を知った者の居場所が分かっているんですよ?それをお忘れなく…」
「わっわかっとるわい!まったく、お前はわしに何が言いたいんだ!」
小競り合いが熱を帯び始めた頃、
「諍いはその辺でお願いできませんかな?先代の方々…」
洞窟の奥から、年代物の品のある羽織袴に身を包んだ3人目の初老が2人の前に現れた
「おお!今までどこに行っていた!まぁ…いい。わしの手柄をみろ。いい材料を見つけたのだ。時期が来たらすぐ仕えるよう、水の側に移動させてある」
「これはこれは。留守の間に素晴らしい活躍を…ですが先代、急いだのが少々裏目に出たようですな…」
「なっ!!?」
「さすが3代目、わしと同じ意見で安心しましたよ。都では噂を求めて各地から集まってきた輩共に会いましたからね」
「そうゆう2代目の手柄はこれからですかな?今のところ、何も無いようですが」
「くっ…馬鹿にしおって!今まで姿を晦ましていたお主に何か策があるとでもいうのですかな?」
「お任せください。5年…いや3年ばかり時間をいただければ必ずや…。未熟な私には先代の方々のお力が必要です。ぜひともこの私にご協力を…」
感情を押し殺し淡々とした態度を貫いていた“3代目”は、“先代”の2人の前で深々と平伏して座礼を行ったあと、再び洞窟の奥へと姿を晦ました


*


里に雪虫が舞った頃、長期任務から仲間達が帰ってきた
「みんな〜お帰り〜」
首を長くしてこの瞬間を待ちわびていた戸田は、里の入口で大きく手を振り大きな声で仲間達を出迎えた
大怪我をした者は里長の家で、軽傷の者は自宅にて治療が施される
護身術を得意とする忍が任務にあたったこともあり、命に別条がある者は誰もいなかった
過酷な任務でも誰一人欠けたことは今まで一度もない、これは戸田流派の誇りでもあった

兵糧作りを終えた戸田と地獄童子は、冬を迎える前に人里へおり情報収集も兼ねた商いをする為、藁を編んでは蓑や藁笠、草鞋を造り、木を削ってはかんじきを造り、いつも南の里へおりる進路を今年は北東へとった
職業の専門化が進み、紙幣が普及し始めたこの時代、半数の農民は店を構えた職人の元に買出しへ行くが、政権所在地から遠いこの地区では未だに物々交換が主流であった
自分たちの売り物は早々に根菜へと姿を代え、余った時間でこの村を散策した
「……」
この小さな村に会合を開けそうな寺や神社が見当たらない
時折り聞こえてくる農民の会話に不思議な隔たりを感じる

戸田は感じ始めていた
目まぐるしい世情からこの村全体が取り残されていることに

自分たちが目指している“平和と平等”からかけ離れた現実を知り、心が軋む

情報が届いてさえいれば、こんなこと…

「…報せ…そうか!」
「いきなりどうしたんだ?鬼太郎?」
「いっいや、なんでもない。そろそろ戻ろう。そういえばこの前―…」
何かを思いついた戸田だったが口から出そうになった言葉を終い込み、地獄童子に悟られないよう話題を変え、これから迎える季節を共に迎える暖かい仲間の元へ戻って行った


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