65.5話  叶え人





夕方―


今日も卓袱台には、生徒の添削をするネコ娘の姿
その周りには分厚い本が何冊も積み上げられている


以前「その本は何?」と尋ねた時、当然のように「参考書よ」と言われた


英語には英語の参考書
数学には数学の…


そもそも参考書の存在がよく分からない
要点をまとめたものらしいのだが…


ココンもたいなものだと自分を納得させ、またネコ娘の様子をじっと見つめる


人間というのは何故、勉強を出来る子に育てたがるのだろう…


それは親の望みなのか



 (親…か…) 



そんなことを考えていたら、ネコ娘がしきりに動かしていたその手を止め、こちらを向いてきた


「鬼太郎?寒いの?」
「そんなことないけど…何で?」
「だって自分の両腕摩ってるじゃない」
「?あ… (ホントだ…) 」


無意識のうちに、自分の身体を抱きしめていたらしく
ネコ娘に指摘されるまで、全く気付かなかった



つい、親の事を考えていたら、先日の件を思い出してしまった
そう…それは、うぶめという悲しき運命の妖怪


僕自身も飲み込まれたとはいえ、あの体内は
何とも言えない心地よさがあった


ネコ娘がまた続きをし始めたのを見計らい、再び自分自身を抱きしめる




本当は自分じゃなくて、誰かに優しく抱いてほしい

そうだな…出来たら

包容力のあって柔らかくて暖かくて―



母さんのような人に―





ネコ娘はそろそろ時間らしく、出かける支度を始めている
準備が整い暖簾に手を掛けた時「あっ」と、何かを思い出したように振り返った


「そういえばさ 明日は七夕だね!」
「七夕?」
「うん 知らなかった?七夕はね 願い事をする日なのよ」
「願い事…それはどんな願い事でも?」
「まぁ〜ものによるんじゃない?天才になりたいっていっても努力無しだとね」
「そうなんだ…それってどうやるの?」
「短冊に書いて―ってこれじゃ遅れちゃうわ 戻ったら一緒に書きましょう!」


と、いってネコ走りで行ってしまった




 七夕…願い事?……



父さんにも聞いてみたら笹が必要だと言われ、さっそく竹藪から1本持ってきた
あとはネコ娘の帰りを待つだけ




辺りが暗くなったころ、彼女が戻ってきた
バイト帰りに必要な道具を色々と持ってきてくれて、それらを笹に色鮮やかに飾る
その中には僕とネコ娘の短冊も
もちろん、父さんにも願い事を書いてもらった


「鬼太郎は何を書いたんじゃ?」
「秘密ですよ」
「そうか…!……」
「さっ外に飾るわよ」


外の手すりにくくりつけて完成
それほど豪華なものではないが、ネコ娘によるとなかなか様になっているらしい
夜風に吹かれカサカサと音色を立てはじめた


これは明日未明―というか、今日の深夜に燃やして
天に願いを届けるらしい
横丁でいう火祭りに近いものだ



そういえば…



父さんには僕の願いが見えていたのかもしれない
一瞬だけど…瞳孔が縮まったようにみえたから



でも、父さんには言えない願いなんです
もし言ったら絶対困らせてしまうはず







暫くして、場所を地に移し笹に火を点す
蛍光のように天に舞う様子を眺めながら、短冊に書き記した願いを祈る














今日で5日目の夜


願いは届いたのだろうか…
毎晩夜空を見上げては祈り続けてきた



けど―




「叶う訳…ないですよね」



ネコ娘も言ってたっけ…



一瞬だけ輝き消え去る流れ星のように透明な滴が頬を伝う



 なんで願ってしまったんだろう



 もう死んでしまっている人に



 抱かれたいなんて




 はは…




 僕 どうかしてたのかな



いつも心の奥底に閉まっていた想いを蘇らせてしまったがために…






「!!?」


そんなとき いきなり背後から誰かに抱き寄せられた
ネコ娘でもなければこんなこと…
!!!?
この匂い―



「蒼…兄さん?」
「よぉ鬼太郎!よく分かったな!」
「どうして…」
「ちょうど近くまで来たからな ついでに寄ったんだけど…おやじさんいないんだな」
「父さんはさっき急用で…!?」



もしかして―




駄目だ…視界が滲む…




「なーに泣いてんだ?男だろう?」
「だって…うぅ…」



 一つ願いが叶ったんです



恥ずかしかったけど、声を上げて泣いてしまった
その間もずっと蒼兄さんに抱かれたまま



「またゆっくり来るから おやじさんにもよろしく伝えといてくれ!」
「はい」



蒼兄さんは早々に旅立ってしまったけど、身体にはまだ温もりが残ってる
その熱を逃がさないように、自分の身体に手を回した





願い事というのは、欲張ってはいけないんですね





母さんに会いたいってのと




優しく抱かれたいってこと







そして



願いを叶えてくれる人は



身近にいるってこと






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