もうこれ以上キラキラしないで
ヴァローナは暑がりだ。夏が終わっても肩の出るシャツにショートパンツでほれほれと脚を剥き出しにして、此方がどんなに口煩く上着を羽織るなり何なりしろと言っても全く聞く耳を持たない。曰く、日本列島における温暖化に辟易しているらしいが、彼女は冬でもこんな調子なのだ。ロシアから持って来たという死ぬほど分厚く色気の欠片もないミノムシみたいなコートを一枚脱げば、中に着ているのは薄いタンクトップだけだとか、そんなことはしょっちゅうであった。重ね着というものを知らないのだ、このうら若い後輩は。

「なあ、寒いだろ」
「否定します。室内の温度は極めて快適、湿度も良好と推測します」
「あんま体冷やすと良くねえぞ」
「現状、身体の冷えは皆無です。心配には及びません」
「まだ夜なんかすげえ寒ぃときもあるしよ」
「東京における氷点下の記録は全国的に強烈な寒波に見舞われた一月以降存在しないものと体感します。更に、現在時刻は午後二時三十七分。一般的な夜という単語の概念からは逸脱した時間帯域です」
「………でもなあ」

それでもなお食い下がる俺に、彼女がとうとう痺れを切らした。

「静雄先輩」
「…おう」
「何故、私に更なる衣類の着用を強制するのですか?説明の開示を要求します」
「………」
「暖房器具の電源を入れますか?」
「いや、俺は別に寒くなんかねえよ。俺はな。長袖だし、ベストも着てる」
「…先輩が出社した時から既に、目視にて確認済みの事案です」

彼女がわかりきったふうに言う。だが、俺が言いたいことは丸っきり伝わってなどいない。ロシア育ちだからとか暑がりだからとかで、これまで散々言っても頑なに薄着で通してきた彼女だ。季節はすっかり春めき、この期に及んでせめて袖のある服を着ろとか(勿論そうしてくれるのなら有り難いが)、言っても無駄だとわかっている。それでも、今日はどうしても、であった。季節とか気温とかそういう問題ではない。

「あのよヴァローナ、それ、この間買った服だよな?」
「肯定します。静雄先輩とトム先輩が私を衣料品店に連行。つい先日のことです。それが私と先輩間の話題にいかなる関連性を持つのでしょうか?」

そうだ。その日昼飯にと足を運んだ露西亜寿司で、彼女の真っ白なシャツ(勿論、袖のないタイプのものだった。)にうっかり醤油が飛んだのだ。彼女は表情一つ変えず問題ないと言ったが、その後目の前の寿司も差し置きおしぼりでごしごしと染み付いた醤油を取るのに躍起になっているヴァローナを見かねて、トムさんが新しいのを買いに行こうと提案したのだ。確かにあの時、彼女は試着しなかった。サイズは把握しているとか、着用が可能なら購入あるのみとか、そんなことを言っていた。当たり前だが俺もトムさんも女性の洋服のことはよくわからないので、試着室を素通りしながら、やっぱり袖無しかとその場で小言を一つ二つ挟むだけに留まったのだった。

「いや、言いにくいんだがよ、その…」

なお言い澱む俺に彼女がずいと迫る。俺は咄嗟に目を反らした。今のはまずい。何がまずいかというのは自分でも定かではないが、その時頭をよぎった物騒な単語は、しかし明らかにまずい。

「遠慮の必要性は存在しません」
「………っ、遠慮っつーか、なんつーか、ちょ、あんま近寄られると俺が、こ…困るからやめろ!」
「理由の提示を要求します。私の身体に有害及び危険物質が存在ですか?」

彼女がきょろきょろと自分の体を見回す。そうやって身を捩ったり屈んだりするたびに、大きく空いた襟ぐりから覗く胸の谷間で光るのは、下着を飾るラインストーンのチャームで。セクシャル・ハラスメント、痴漢、冤罪、後輩の軽蔑に満ちた眼差し。だが次の瞬間、走馬灯よろしく咄嗟に浮かんだ単語の数々に、かっと赤くなった顔が今度は急激に色味を失っていくのがわかる。

「先輩、顔色が」

まったく、誰のせいだ。
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