A Perfect Day for Bananafish
彼の助手席に乗るといつもこうなのだ。車はいつも左寄りで、思い切りアクセルを踏むものだから一時停止の度に体がかくんかくんと揺れて、その度に私たちは言い合いになる。運転をどうのこうの言われて黙ってる男の子なんていない。わかっている。

「降ろして」

だけど車が平然と目的地を過ぎて海岸沿いを走り出すものだから、私はとうとう我慢ならなくなって、バッグを引っ掴んでシートベルトを外した。慌ただしく車が路肩に止まる。

「私、海なんて真っ平よ」

彼はハンドルに両手を乗せたまま私の方を見て暫く考え込み、それからややあって、

「ミーが渡した本、読みました?」

呑気な顔をしてそう言った。ドイツ語で書かれた詩集のことだと、すぐにわかった。随分前に口煩い批評を宣って、彼は私も読むべきだなんだとその分厚い詩集を寄越したのだった。私は有り難く受け取り、翌日の日本へのフライトでそれに適当に毛布を巻きつけ、飛行機の収納式テーブルの上にきちんと置いては、枕代わりにして眠ったのだけれど。

「ええ」

私は肩を竦めた。

「まあまあね」
「嘘だあ」

彼は私を見透かしたように、無邪気に笑った。はなから私がその詩集を読んでいないと見抜いたのか、それとも私の「まあまあ」という批評に呆れたのかは定かではない。ただ非常にばつが悪いのは事実で、私はこの話は終わりだと言わんばかりに逃げるようにして助手席から降りた。

「あ、そうだ」

振り返ると、彼は眠気覚まし用のブラックガムの包装を剥がしている。ガムを口の中に放り投げて、此方を見る。

「ねえ、先に言っておくけど、アジトに戻る前にちゃんと足の裏の砂を払ってね。また骸ちゃんが癇癪でも起こしたら大変なんだから」
「帰って何するんですかー?」
「クロームに電話をかける。櫛とブラシを洗う、それから雑誌を読む」
「またくだらない…」
「くだらなくなんかないわ、コラムよ」
「タイトルは?」
「“セックスは楽し、もしくは苦し”」
「うえぇ…」

心底嫌そうな表情で彼が唸る。

「ねえ、本当にわかってる?靴を履く前にまず…」
「足の裏の砂を払う」
「そう」

助手席のドアを閉める寸前、ふと夏の太陽につやつやと光るものが見えた。彼の足下に押し込まれた帆布のバッグの中。使い古したタオルや、時代遅れの丸縁のサングラス、買ったばかりの青い林檎や熟れすぎたバナナに混ざって、黒々と目立つ七・六五ミリ口径。

「拳銃なんか持ってどうするのよ?」

彼は、私がしたのと同じに肩を竦めた。口をへの字に曲げて、大袈裟に眉を下げて、欠伸を噛み殺しているようにも見える。

「錆びちゃうじゃない」
「こんな物持って海に潜る訳じゃないですよ」
「せいぜい捕まらないようにね」

ドアを閉めると、車はすぐに動き出した。ウィンカーも付けずに道へ出て、海岸沿いを走る黄色い車。あのおチビちゃんは一度警察にしょっぴかれでもして痛い目を見るべきだ。そうじゃなきゃこっちの身が持たないもの。私はやれやれと首を振り、煙草をくわえて、クロームの電話番号を書いたメモをジーンズのポケットに探しあぐねる。それを車の中に落っことしたらしいと気付いた時には、すでに黄色い車など見る影もなかった。その日、彼がアジトに戻らなかったことは、そう、言うまでもないことだ。

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