消えてなく
前に、紅玉が行方不明になったことがある。俺たちがまだ制服を着て学校に通い、白々しい視線を浴びながらあのおんぼろアパートに帰るだけの日々を送っていたあの頃。そのアパートには十六人ばかりの親なし子が住んでいた。六畳一間のくそみたいな部屋が四つ並んで、それが縦にも四つの四階建て。各々一人暮らしだなんて聞こえのいい生活だったが、きっと俺たちはきちんと管理されていた。どこぞの善人方にだ。そうでもしなければ、あの晩、彼女が部屋へ帰らなかったことに誰も気付かなかったはずだ。警察がやって来て、何か適当なことを聞かれた時も、俺は彼女がタッパーに詰めて寄越したべちゃべちゃの野菜チャーハンを食べていて、此方も適当に返事をした。あいつ、ばかだからなあ。俺の答えに、警察はあっさり帰った。そんなもんだ。明日の朝には捜索願いなんか取り下げられちまって、翌週には同じような孤児が代わりに彼女の部屋に住まうようになるのだ。俺はそれから返す当ての無いタッパーを洗って、煎餅みたいな布団を敷いて眠った。俺のことをジュダルちゃんと呼ぶ彼女のことを考えて。あいつ、ばかでのろまで、そのくせ運動神経だけはいいんだよなあ。短距離走で一番になったところで彼女には喜んでくれる親だって友達だっていないのに、それでも彼女は誰よりも速くゴールを駆け抜けた。体育祭の昼飯はいつも彼女と一緒だった。べちゃべちゃの野菜チャーハンをお握りにして、これがまずいのなんの。

「だってねえジュダルちゃん、その人本当に可哀想だったのよ。別に悪さなんかされなかったわ。お洋服を買ってあげるって言われた時は迷ったけど、わたくしなんかのために無駄なお金を使わせてしまったらもっと可哀想でしょう。だからいりませんってきちんと断ったの。本当はその人の名前も知ってるわ。お財布の中に入ってる名刺が見えて。警察には言わなかったけど」

行方不明になった彼女が俺の部屋に顔を見せたのは、翌日の昼過ぎだった。朝方には部屋に戻って、捜索願いを出した大人たちや警察や学校にあれこれ話していたらしい。学校からの帰り道にほいほいとその汚えオヤジの車に乗せられ、連れ回されて話を聞くうちに情が沸いたなんぞ、俺が思った以上のばかだ。

「気持ち悪ィことされてねえの?」
「されてないわよぉ。さっきも言ったでしょ、優しい人だったって」
「優しかったら人攫いなんかしねえよ」
「人攫いなんかじゃないわ」

三つ折りにした敷布団に寄りかかって胡座をかく俺に、彼女がぴしゃりと言う。人攫いのオヤジを庇うどころか、曲がりなりにも心配してやっている俺をそうやって窘める彼女は、タッパーの底にへばりついたかぴかぴの米粒を爪で擦っている。

「武道の習い事も意味ねえな」
「可哀想なおじさんをやっつけるために習っているんじゃないもの」
「お前、学校で何て言われてるか知ってんのかよ」
「なあに?」
「売女の娘だから攫われたんだって」
「だから、攫われたんじゃないんだってば」

ふくれっ面の彼女の二の腕を、ぱしんと叩く。わかってねえな、ばかだなあ。仕返しとばかりに俺の腹をつっつくその細い足にされるがまま、俺は彼女とその可哀想なおじさんがホテルで一晩を明かした様を思い浮かべて、煎餅布団に彼女の体を引っ張った。きっと彼女を攫うことなんか、造作も無く容易いことだ。この狭い世界で。
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