まばゆく生きる
その日は一日、思い付いたことを思い付いたときにしようと言い合っていた。つまり何の予定もなく、計画もなく、例えば映画の時間に縛られることも、洋服屋さんの閉店時間に追われることもなく、私たちはただ横に並んで歩いていた。彼は優しかった。そういう人だ。まず初めに、私はツナさんに渡しそびれたチョコレートクッキーをどうにかしてしまいたいと打ち明けた。チョコレートは苦手だけどクッキーだったら食べられると、私にそう言ったのはツナさんだ。そして私の目の前で、京子ちゃんからのチョコレートトリュフをおいしいおいしいと食べたのもやっぱりツナさんだった。まったくおかしなことに。

「じゃあ俺が食っちまっていい?」
「いいんですか?だってこれ、山本さんにって作ったのじゃありませんしそれに…」
「そういうんじゃなくて、何ていうか、すげえうまそうだし、ちょっと腹減ったなーって。いや、気悪くさせたんならごめん、謝るよ」
「…いえ、あの、食べてください。ぜったいぜったいおいしいって、ハル、保証します!」

彼は笑った。そうしてさくさくと軽い音を立ててクッキーを齧った。山本さんとツナさんは、笑った顔が少し似ている。目を細めて、右頬に小さな笑窪をつくって、彼はおいしいおいしいと食べてくれた。四回目でようやく焦がさずに焼いたクッキー。お菓子なんか作るものじゃないと思った。綺麗に包装されてショーケースに品良く飾ってあるのを、これとそれとあれをって言いながら指差して、家に帰ってコートも脱がずバッグもおろさずに紙の箱を開ける、その瞬間がいいのだ。きっと男の子にはわからない。

「じゃあ、今度は俺の番な」

口の端にクッキーの食べかすをつけたままの彼が思い付いたこと、それはスケートリンクへ行くことだった。小さな子供がすまし顔で颯爽と氷の上を行き、若い男女が覚束無い足の運びに笑い声をあげ、父親が娘の、母親が息子の手を取っては滑り方を教え、私たちはぽっかりと白くまばゆい円盤の外からその様子を眺めていた。彼はいつも眺めるばかりで自分が滑った試しなどはないらしく、私もまた同意した。それから暫く私たちはスケートリンクを見つめ、ちゃんとしたウェアに身を包んだ女の子がくるくると回って見せるのに手を叩き、落ちていたマフラーを落とし主に返したり、一分間に何人が目の前を滑って行ったかと数えてみたり、ベンチに座ったままそんなことばかりしていた。日が少し傾いた頃、ようやくと言うべきか、彼がスケートシューズが貸し出されていることに少し触れ、私の方から立ち上がった。思い付いたことを思い付いたときにするというのは、存外易しいことではない。先に円盤に足を踏み入れた彼が振り向いて、私に手を伸ばした。スケートシューズすら履いたことなどないけれど、私たちはきっととてもうまく滑れるだろうと、そう思った。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -