「これ、鍵返すね」
「いいんだ、持っててよ」
「…もう使わないから」
形振り構わず駅までの道を走る。別れ話を切り出した時、彼はいつから俺を好きじゃなくなったのかと聞いた。彼の余計な気遣いを嫌ったその瞬間の私なら、無粋な問いに鼻を鳴らしてやったかもしれないけれど、今の私にはどうしても答えられなかった。だから表情一つ変えずにずっと前からだと嘘を吐いた。彼はありがとうと笑った。意味がわからないと思って泣きそうになる。久し振りに乗る電車はがらがらで、自分のアパートに帰るのがとても不思議な気分だ。彼のアパートから一番近い駅よりも、格段に都会めいた駅の改札口を出てから、売店のガラス窓に映った自分の姿を見て、私はようやく気付く。私の両足は彼の履き潰したスニーカーをつっかけていた。コンビニやゴミ出しに行くときによく私が履いていて、すっかり履き慣れたキャンバス地のコンバース。私と彼の間を引き裂いた五足の忌々しいヒールは、そして彼の靴箱の中で私の帰りを待っている。