世界から切り離される好都合
ジャッポーネでは、と僕は第二の故郷とママンを思う。あそこでは僕の薄茶色をした髪や、彼女の煤けた小豆色のような髪(彼女が自らを自嘲するときに使う表現だ。)は専ら好奇心の的だった。それが一度海を渡ってしまえば、僕らの色素も酷く陳腐なものに成り下がる。だからアメリカって好きだ。観光客もマフィアも愛国主義者もを一緒くたにしてしまうあたり。贅沢を言うと、ジャッポーネは少し肩身が狭い。道幅ももうちょっと広くした方がいい。それでも彼女はあの愛すべき小さな島国が好きらしいが、並盛では決して着れないような大胆なチューブトップワンピース(女の人のファッション事情に精通するようになったのも、彼女が僕をデパートやブティックに連れ回すからだ。)をここぞとばかりに着ている。この土地ではやや開放的になるのだと言う。潔く頷けた。

「それじゃ二人はそのままダラスに残って引き続き、『ツーッ』

イタリア訛りの英語がとてもチャーミングだということを、彼女は知っている。金髪を重ためにカットしたイマドキのウェイターが彼女にウインクした。何か囁かれているけれど、彼女は自身の癖のある英語に酔っているのだ。残念だけと君にお熱なわけじゃない。僕は咳ばらいをする。と同時に電話が切れて(携帯を耳に当てながら意識はすっかり上の空だったけれど)、聞き慣れたボンゴレの声もぶつりと途絶えた。

「あれっ、もしもしツナ兄?」

慌てて携帯の画面を見ると、あろうことか充電切れです、の文字が目に痛いくらい点滅している。先程までウェイターに構っていた彼女が、頼んでもいないコカコーラの紙コップを片手に、こちらを見遣る。大方ご親切なウェイターのサービスってとこだろうか。僕はなおもこんなことを考えている。

「最悪だよ、充電切れだなんて」
「あら、それは嬉しい誤算ね」
「どうして?」
「もう着信音に悩まされずに済むわ。違う?」

チューブトップの胸元をぐいぐいあげながら、彼女は首を傾げた。至極当たり前といった顔だ。

「ファストフード店を探してくる、プラグがあるはずだから」
「そう?」
「うん、だからここにいて勝手に動かないでね、絶対だよ」
「えぇわかった、言う通り大人しくしてる。だからちょっと見せて」

立ち上がる僕を見上げて彼女は頬杖をついたまま、重たそうなブレスレットを嵌めた右手を差し出す。可笑しくて仕方ないような、だけど何気ない風を装っている。クーラーの下ではすぐに青白くなってかさついてしまう平べったい掌が、今は薄皮の剥けた桃のような水々しさを保っていた。彼女は僕から携帯を受け取ると、暫く遠目に眺めてみせて、そして(僕が止める暇すら与えずに、)コカコーラが中程まで入った紙コップへと、あろうことかそれを落としたのだ。炭酸が弾ける音が一層増して、僕らの唯一の通信手段が無数の泡に飲み込まれる。

「ビア姉!」
「あらやだ、手が滑っちゃった」

こんなことは今までに何度もあったけど、どれも僕の見ていない所で行われた計画的犯行だった。(前の携帯は崖の上から落とされて、その前は電池パックを分解された。それでも彼女はどちらもわざとじゃないと言い張るのだ。)目の前で使い物にならなくなる様を、僕はただ呆然と見守っていた。突発的犯行にしては度が過ぎるような気がする。

「信じられないや…」
「私は最初からそのつもりだったけど」

つまりこれも計画の内だと?

「気長にやりましょう。ね、クロワッサンを頼んでいいかしら、お腹ぺこぺこなの」

呆れる僕に、彼女は金髪のウェイターがしたようなウインクをして見せた。イタリア訛りであれこれ注文する彼女は、すっかりすまし顔を忘れてしまったようで、くすくす破顔しながらクロワッサンとコカコーラを二つずつ、と言う。顔を上げれば、オーダーを取っていたのはやっぱりあの金髪野郎だった。


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