愛しい歯並びの子
どこか北陸の、名の知れた女子大に通うことになったらしい。僕が知っているのはそれくらいだった。沢田のあとをつけ回すのもやめたと見える。来週末に並盛を出るのだと言って笑った彼女は歯に矯正をしていて、しかしくだらない話ばかりを選んではアメリカンコーヒーにぼてぼてと角砂糖を溶かした。それが彼女がまだ黒髪を中学生のように揺らしていた頃、つまり三月も下旬だったと記憶する。

「雲雀さん、雲雀さん」

それから一ヶ月も経たぬ内に、思いがけず彼女のきんきん声を聞くはめになる。

「矯正ってとっても面倒なんです!最初に診てもらったお医者さんじゃなきゃいけなくて、こうして新幹線で一ヶ月に一度ここに戻らなくちゃいけなくて!それも歯医者さんに行くためだけに!」

そのくせ彼女は嬉しそうだった。リップクリームを塗っただけのくちびるをぽっかりと開けて、彼女は矯正の金具を見せびらかす。最初はゼリーやプリンしか食べられなくてこっそり幸せだったことや、一ヶ月前と同じように僕の伸びすぎた前髪が気になって仕方ないということを、やっぱり一ヶ月前と同じように笑った。

「…砂糖それだけでいいの」
「はひ、コーヒーにはハル、いつもお砂糖は二つですよ?」

嘘をつくな嘘をと反論しかけて、どういうわけか僕は喉を詰まらせる。一ヶ月前と何ら変わらないようで、恐ろしいほど変わってしまった彼女。目の前の女。心底不思議そうに此方を見つめる彼女は、どこか北陸の、名の知れた女子大に通っている。


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