耳たぶに潜む鋭器
ぎょっとした。それはそれは穏やかな休日の昼下がり、ツルゲーネフの「初恋」を読む趣味のいい彼女の、その知的な横顔(僕はこれがどうにも好きらしい。現にこの本を彼女に与えたのは僕である。)をぼんやり眺めていたのだが、ふと彼女が薄く色づいた頬にかかる黒髪を耳にかけた時、僕は小さな耳たぶに五つものピアスが突き刺さっているのを見つけて、文字通りぎょっと背骨が強張るのを感じた。リボンやハートの形をした少女趣味な装飾ではあるが、その裏に鋭利な針が柔らかな肉を割いているのを僕は知っている。肌が粟立つ。以前その内の一つのピアスホールを開けさせられたことを否が応でも思い出す。がしゃんと音を立てて手の中に飛び散るプラスチック、捨てられるピアッサー、赤く腫れた耳たぶ、そんなものが僕の気分をひどく害したのだった。生まれたままの青みがかった、飾り気のない黒髪が、彼女の緩慢な動きにさらさらと呼応する。

「雲雀さん、これを読んだことは?」
「ないけど」
「じゃあどうしてこれをハルに読ませたりなんかするんです?」
「いやだった?」
「ちっとも面白くありません。名前が長すぎて覚えられないうえに、この女の子―――とってもふしだらです」

彼女はその女の子の名前を思い出そうとして、幾らか頁を捲って探す素振りを見せたが、結果わからないままに終わった。肝心なことを言うと、彼女はあまり文字が得意でないらしい。文章を書くのが苦手だと言った。幼稚な話し方から幾分見当はつく。そのくせ数字にはめっぽう強い。僕が放り投げた数独パズルを、ものの二三分でそれも鼻歌交じりに解いてしまった時にはさすがに驚いた。知的と言ってもそれが木陰で黙々と書物を読むような類ではなく、何か目を離したすきに良からぬことを閃いてそれを見事にやってのけてしまうような、そのような危険を孕んだ頭の良さを、彼女は生まれ持っていた。それがハルだった。

「ツナさん家に行きましょう、炬燵に入ってぬくぬくしに」
「嫌だよ、あの家はうるさくって敵わない」
「もう本は読みませんよ、ハル」

そしてその類の頭の回転の良さを、僕は疎ましく思っている。
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