テラスにて
アジアの湿っぽさが恋しいと言うと、チェキータさんは口に運んでいたピッツァを一口、大きく齧って咀嚼し、それから炭酸水を飲んだ後に、ようやく「そうね。だけど私はこっちの方が好き」と、肯定と否定を両方いっぺんに返してみせた。乾燥した土地、強い日差し、開けっ広げな人々。どれも趣味ではないが、彼女にはよく似合った。僕はといえば、パスタを掬うのにフォークを持つ手の甲が、真っ赤になっている。自嘲気味にその手の甲を彼女に見せようとフォークを置く、と、テーブルの上の携帯電話が振動して、テーブルクロスの上を少し動いた。

「やあねえ」

彼女は携帯電話を手に取り液晶画面をちらと見て、口角を上げる。胸元のネックレスが太陽の光を受けてぴかぴか反射して、思わず目を細める。

「席を外すわね、キャスパー」
「構いませんよ」

彼女の声が心底面白そうに笑って、僕は軽くそれに答える。表向き一人きりなってしまった昼食の、なんと味気ないことか。振り返って目線だけで彼女の後ろ姿を追うと、別を装って昼食を取っているアランと目が合い、やれやれといったように肩をすくめられた。甚だ遺憾である。テラスの向かい側で誰かを待っている風にして警護を続けているエドとポーはといえば、二人して首を振って僕の視線を振り払うものだから敵わない。つまらない。暫く黙々とフォークを動かしていると、思いの外早く彼女が戻ってきた。携帯電話はジーンズのポケットに突っ込んでいるらしい。いつもの笑みを一層深めたようにして、なるほど通話の相手に目星がつく。

「私のことが好きでしょうがないみたい」

やっぱりだ。彼女は席に着くと、僕の顔を見もせずそう言った。特に僕に伝えたいわけではない、独り言のような。本人には好きだの何だの決してくれてやらないくせに、こうあっけらかんと上司を前にして笑っていられるあたり、彼女が一枚上手と見える。

「チェキータさん」
「なあに?」
「お二人の間にあるものは一体何なんでしょう」

我ながら実に芝居がかっていて、それでいて僕にとってはとても自然な所作を以てして。彼女は少し驚いたような顔で僕を見つめ、それから少し腰を浮かしてジーンズのポケットから携帯電話を取り出し、テーブルの上に置いた。それで何となく、答えは彼女の口から聞かずとも、わかったような気がした。

「私ねえ、誰かと恋人や夫婦になれたとしても、家族にはなれないと思ったの」

聞いておいて何も言い出さない僕に、彼女が首を傾げて茶化す。その言葉が、二人の関係を如実に表していた。パスタはあと二口ばかりであったが、僕はそっとフォークを置いた。

「おかしなことを聞くね、キャスパー。好きな女でもできたのかしら」
「まさか」

目を伏せてそれを否定する。笑ってでもくれるかと思ったが、ちらと彼女を盗み見ればとても笑みとは程遠い、眉を八の字にして僕の手の甲を手に取り見つめ、そして口を開く。

「やっぱりテラスなんかじゃなくて室内の席に座るべきだったね?」

僕はちょっと笑って頷いた。彼女にこんな顔をさせるのは、あのオッサンも含めたところで、きっと僕くらいなものだ。     

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