kissing me
小さな男の子が此方をじっと見上げている。右手のおもちゃを握りしめたまま、ややあって不思議そうに首を傾げる。

「僕、お姉ちゃんのことテレビでよく見るよ」
「ほんと?うれしいな」

石畳にピンヒールを引っかけなくなったのは、私がもうぺたんこのフラットシューズやスニーカーを履かなくなったからだ。夕方の大通りは数年前と何ら変わりなくて、少し背の高くなった私は人の視線を気にせずに歩けるようになった。それが少し寂しいのだと、アルトくんは笑って言っていた。もう俺の知ってるはなたれランカじゃないんだな、と彼は私の頭を撫でたのだ。彼の知っている私。それはずっと彼に恋していた私だ。当たり前だよ、とは言えなかった。

「ただいまー」

一人暮らしの家に帰ると、真っ暗な部屋で留守電ボタンがちかちかと点滅している。三件のメッセージ、一件目はお兄ちゃんからで、また電話するとだけ言って切れていた。毎週土曜八時から、私たちは二時間も三時間も電話で話すのが恒例になっている。それはお互いの仕事の話だったり、恋の話もたまにある。いずれにせよ私が大人になったからこそできる話だ。SMSは相変わらず激務らしく、そう話すお兄ちゃんはどこか誇らしげで、キャサリンさんとも上手くいっているらしい。二件目はシェリルさんからだった。来月のスケジュールが出たらオフを連絡しあう約束で、少ない休日を私たちは一緒に過ごすのだ。次は私の家でお菓子を焼いてもいいし、またグリフィスパークに行ってシェリルさんの惚気話を聞くのもいい。勿論私の話も聞いてもらって、この時だけはあの頃に戻ったつもりになる。彼女に憧れて自分を疎んだ幼かった私はもう出てきやしないけれど、だけどやっぱり彼女は私のスターだ。

「“三件目のメッセージ、今日の午後七時十二分です………”」

私の話。それは銀河や歌やそんなもののためじゃない、私だけの話だ。その話にこれから“彼”が出ずっぱりになるかどうか、私は少しの予感を感じながら、リダイアルボタンを押して受話器に耳を押し当てる。自分を愛してさえいれば、幸せは誰にだって訪れるものだから。

「もしもし、××くん!」



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