嘘でもいい
二の腕を引っ張って口づけてやった。柔らかく人肌のあたたかさが何だか気持ち良くて調子に乗ってたら、良いところで彼が私を突き放した。痛くはなかったけれど、冷めた蔑みの視線が私に容赦なく浴びせられて苛付く。乱暴に手の甲で唇を拭って、そんなんじゃ口紅は落ちないわよって、言う前に彼のその赤い色をした唇が最低限の動きをみせた。

「何やってるの」
「あら、わからないの?」
「…わかりたくない」

彼は私に背を向けるとその場に座り込んでしまった。そして今度はヘッドフォンで聴覚まで塞ごうとするから、私は慌てて言い訳染みたような言葉を吐く。

「退屈だったから」
「だから何、だからって君は好きでもない男にあんなことするの」
「好きよ」
「俺は嫌いだよ、そういうところ」
「どういうところ?」
「それだよ、そうやってすぐ白を切ろうとするところ」

彼は私の方を振り向きもせずに、且つ面倒臭そうな様子を隠そうともせずにそう言い切ると、いそいそとヘッドフォンで耳を覆う。皺だらけのシャツが私を早く帰れと急かす。大きな背中が猫みたいに丸まって、情けなさに私は舌打ちをこぼし、

「ほんとに好きなのに」

部屋を出る間際そう言ってやると、テクノポップに浸っているはずの彼の両耳は私の本音を拾ったらしい。

「…悪い冗談だ」

少しだけ上擦った声が聞こえた。



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