「マルセイユ支部?」
「そうよ、せっかく私がフランセーズなんだから利用しない手はないでしょう。だいたいおかしな話だったのよ、私が日本支部だなんて。明日のフライトも確認済み、明後日の昼からそっちに出勤するわ」
甘ったれの上司が似合わないしかめっ面で私の顔色を窺った。取って付けたような表情だ。一番のこりごりがあんただって、少し前の私なら喚き散らしていたかもしれないが、生憎今年で二十三になる。上司の顔はそれがいくら子どもっぽくても立てるべきで、この我儘を飲んでくれさえすれば私は大人しく母国フランスの古い港町でデスクワークに励むつもりだった。
「困るよ、一人で勝手に決められちゃ」
「えぇわかってる。でも」
「そんなにここの人たちが気にくわない?」
私がまとめた書類を読む気もないくせにぺらぺらと捲りながら、彼は少しの含み笑いとともにそう言った。的確な指摘に都合のいい言葉を見失った私は気付けばドアの方へと追いやられていて、後ろ手に咄嗟に捻ったドアノブは呆気なくも、私の手ごと彼に引っ掴まれてしまう。みんな一癖も二癖もあるけどいい奴らだし、女の子たちだって見てて微笑ましいじゃないか。頬にかかる髪を払われて、睨みつけはしたがそれは逆効果なようだった。彼は肩を竦めて続ける。
「それともミートスパゲッティの味が合わなかったかな」
「…クリームスパゲッティよ」
額に落とされる軽いキスは私にそれ以上の応酬を与えずに、隠すつもりもないのか昨晩夜な夜なタイプした私の異動届が、彼の手によって捻り潰される音を、確かに聞いた。