エゴじゃない恋愛があるなら教えてほしい
ツナさんがいやに静かな声で事の顛末を話し終わるまで、私は指一本動かせずにいた。ツナさんは私の顔色を窺いながら、しかしビアンキさんにあれこれと指示を出して、ビアンキさんはそれに頷くだけだった。ツナさんが私の肩に手を置いて、何も言わないまま部屋から出て行く。私なんかに構う暇などないはずだ。ビアンキさんはツナさんを目で追って、それから遠慮がちにドアが閉められると同時に、ふうと長い息を吐き出した。

「あの子もばかになったものだわ」
「ビアンキさん、そんな言い方」
「当たり所が数ミリずれてたら死んでたかもしれない。…ハル、きっとあなたにはわからないのね」

冷たい声色だった。血を半分わけた弟が重体だと聞いても、ビアンキさんはひどく落ち着き払っている。動揺する私を横目に眺めて、ビアンキさんはたまに、凡そ普段の態度からは考えられないような軽蔑しきった眼差しで、興味深そうに私を観察することがあった。

「獄寺さんに会わなくちゃ」
「やめなさい」
「ハルは…獄寺さんが心配なんです」
「取るに足らないわ」

ビアンキさんはデスクトップの前に浅く腰掛けて、次々とウィンドウを展開していく。ずらずらと並んだイタリア語に、眩暈がした。

「私は心配なのよ、あなたが」

キーボードを叩く手を止めて、こちらを振り返ったビアンキさんのその唇は、やさしい言葉とは裏腹に固く結ばれている。思い詰めたような厳しい表情だった。と同時にその表情は今にも崩れてしまいそうに脆く、私は私の髪を撫でようとするビアンキさんの手を払いのける。

「うそ」

私の言葉にビアンキさんは黙ったままでいた。ただ色のない瞳が私を見下ろす。

「ビアンキさんが心配してるのは、ハルが獄寺さんを…」
「やめなさい」

やめなさい、ビアンキさんはもう一度私に強く言い聞かせるようにそう言って、目を伏せた。気付けば私は泣いていて、これ以上ここにはいられないと思った。獄寺さんに会いたかった。部屋を出る間際、ビアンキさんが両手で顔を覆っているのが見えた。

「…くだらないわ」

それきりだった。


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