となりの怪人くん
昨日お通ちゃんがくれたデモテープをかけてみる。毎回変わらない音源、変わるのはその大胆な歌詞くらいなものだ。今回は警察機構を槍玉に上げたらしい。考えなしなのか無鉄砲なのか、無駄に透明感を兼ね備えたパワフルな歌声が、僕を苦笑させる。新曲だと言って渡されたはずだが、隣でトーストにバターを塗りたくる神楽ちゃんが曲に合わせて頭のぼんぼりを振っている。これは新曲じゃなくて、前々々々々回の替え歌である。諦めず熱心に各レコード会社にばらまいているらしい。指摘してやったとしても、変なところで強情なお通ちゃんが替え歌を認めるはずもない。そんな彼女が好きなんだけどね、とは噫にも出さずに、僕はようやく神楽ちゃんの向かいに座ってジャムの瓶を開けた。

「新八、ケータイ」

トーストを目一杯頬張っていたのを飲み込みながら、神楽ちゃんが必要最低限の言葉と共に僕の携帯電話をつつく。噂のお通ちゃんからの着信が、テーブルの上で機械的な振動を起こしていた。今から学校で会うというのに何事だろうか。神楽ちゃんがにやにや笑いを自重しないまま、くいと顎で携帯を示す。早く出ろよ、きっと大方そんなところだ。

「もしもし」
「…あっ、おはよう新八くん!」
「うん、おはよう」
「ねえねえ、あのデモテープ、どうだった?あっ、聞いてくれた?」
「ちょうど今聞いてるとこ」
「どう思う?前より良くなってる?」
「最高にイケてるよ」
「ほんと?変じゃない?」
「変だなんてまさか!この曲、僕はこれまでで一番好きだな」
「わあっ…ありがと!じゃあじゃあ、もうすぐ学校で続き聞かせてね」
「うん、じゃあ学校で」
「待ってるね!………ほうら、高杉くん…」

最後にお通ちゃんが受話器から口を離しながら誰かに話しかけるような声が小さく聞こえて、電話は途切れた。確かに高杉くんと言った。少し挑発的な声色だった。お通ちゃんと高杉は何かと相性が悪いようで、しかしこのところ高杉がよく彼女につっかかっているのを見かける。正義感の強い彼女が典型的にグレた高杉を嫌っているのは確かだが、高杉は何を考えているのか終始彼女を煽ってはそれを楽しんでいるようにも見える。いけ好かないヤツだった。

「そんな険しい顔してどうしたアルか」
「…えっ、いや、何でも」
「ふうん?………っと隙あり!ウサギりんごさんもーらいっ!」
「あっ!神楽ちゃんずるいよ!」
「新八とろいのが悪いネ」

僕が朝っぱらから器用にウサギの形に剥いたりんごを二ついっぺんにかじると、神楽ちゃんは軽快にごちそうさまヨーと叫んで慌ただしく玄関の方へと駆けて行った。いつもならさっさと悪戯な妹分を追いかけるはずの両足が何だか重い。嫌な予感しかせずに、僕はデモテープを鞄の中に押し込める。チョメ公なんざクソくらえ。それはいかにも高杉の喜びそうなタイトルだった。




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