この世で一番美しい言葉があなたを救う呪いとなりますように
姉は暫く考え込む素振りをしてみせた。目をくりくりとさせて、じっと黙ったままではあったが、その注意は外に向かっていた。外、それは新しく卸したばかりの着物に付いた洋酒の染みであり、目の前に座っている僕であり、台所に置いたきりの八朔でもあった。それはごろごろと流し台の上を転がっていた。きつい夏の匂いだ。

「そうねえ、新ちゃん」

姉は口を開いた。

「驚くかもしれないけれど…だけどきっとうれしいわ」

そして言うと、にっこりと口角を上げて、おやつにしましょう、と付け加えた。姉は軽やかに台所へ向かう。今にも走り出してしまいそうだった。幼子のよう。僕の、実の姉に対するには行き過ぎた、疎ましいほど重い言葉から、姉はするりと逃げ仰せたのだ。その顔には笑みをも浮かべて。僕の言葉は女の子なら誰もが羨むような、陳腐ではあったが耽美な言葉だった。しかしそれは実の姉へと向けられた途端、薄ら寒い狂気に成り代わる言葉でもあった。八朔の汁で両手を汚しているだろう姉に、僕は足のすくむ思いがした。
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