れんあい対象
彼女が俺をじっと見据えたまま、セーラー服にゆっくり手をかけるのを、俺は何も言えず見つめていた。長年の汚れにくすんだカーテンの裾から、赤い夕焼けの陽射しがちらちらと差し込んで、彼女の白い首元を淡く縁取っている。黒々と大きく水っぽい瞳、華奢な膝小僧、微かに開いたあどけない唇。セーラー服はあわれにも無造作な仕草でたくしあげられる。午後六時三十分、部活動を終えた生徒たちが、下校のチャイムに急かされるようにして校門へ駆けて行く足音や話し声や、そんなものがよく聞こえた。二階の隅にある国語科準備室に俺たちはいて、そして机に散らばった教科書類の上に、彼女は徐にセーラー服を投げ捨てた。昨日集めた課題プリントが一枚落ちたが、俺も彼女も拾おうとはしなかった。目もくれなかった。薄く肉付いた女の上半身が、そこにはあった。

「先生」
「……今さら生徒面かよ」

引き締まった二の腕は、気をつけをするように床に垂直に下ろされている。惜し気もなく、その仄かに色付いた皮膚が剥き出しになっていた。鎖骨辺りに汗が光った。白とピンクの幾重ものレースで覆われた、小ぶりの胸。肩紐にはハートの刺繍、黒いレースが胸元を囲むようにしている。ごてごてと飾り立てられた印象を受ける。品行方正、文武両道。真面目な性格は決して短くないスカート丈や高く結わえられた黒髪に明らかであったはずだ。自ら下着姿を晒しておきながらいまだに俺を先生と呼ぶ、その頑なさすらも。

「そういうとこだけは譲らねェのな」

距離をつめるわけでもない。ただ黙って立ち止まって、俺を見上げている。手を伸ばせば頬に触れられる間隔、感覚。

「呼べよ、名前」

気付けば俺ばかり喋っていて、それが気にくわなかった。無表情を装いながら実のところ動揺しているのだ。他の女子生徒と同じ制服の下に、少女の芳香が色めき立っていた。校門が施錠されるまで、あと少し。


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